11 幻影
細々と始めます。
王都アーリへと辿り着くと、一つの噂で持ちきりだった。
三大貴族の筆頭、その派閥の中に在りて発言力を持ち、その人脈を持って派閥の頂点と立ち並ぶ程の影響力を持つ一人の貴族。昨晩『夜の王』が現われたのはその貴族の屋敷だという。
それを耳にし、昨晩ならばまだそれほど遠くへは行ってないだろうと考え、次はどこを狙うのだろうかと、王都に座す貴族どもに関する情報でも集めてみようかと考え、それからふらりふらりとその場を去った。
情報を集めるべく歩いて居た時、一つの話題に出た名を耳にし、その会話を続ける二人に気づかれぬよう近くへ寄り、詳しく聞くべくその二人の位置を確認する。周囲に視線を走らせ、潜める場所を見つけると、歩く速度をやや落として足音を殺し、目立たぬよう動きも緩め、気配を殺して二人の死角へと身を滑らせる。
……日前にあそこ……『夜の王』が出たって……、やっぱり本当みてぇ……
そうは……、まだあそこの馬鹿貴族様は……るんだぞ?誰かの希望で……行って欲しいから流れた噂じゃ……
……がよ、俺が聞いた話だと、ほらあの貴族護衛依頼の触れだしただろ?その話に乗った奴がいるらしいんだよ」
「あぁ、誰か受けたらしいな。で、それが誰かわかったってのか?」
「聞いて驚くなよ?なんと『鷹』だったそうだ」
「あいつが?この王都に?来る訳ねぇだろ、あんな王族ご――」
「ばっ!それ以上は言うな!ったく、誰が聞いてるかわかんねぇってのに」
「はんっ!かまうこたぁねぇよ。それで、何だってまた『鷹』は――」
聞こえる内容に、何故か哂いが込上げてきた。それが歓喜から来るの物であることは理解している。
最初はもしかしたら『夜の王』とは? とそれの真偽を確かめるべく、無為に過ごす日々に変化を求めてその噂を追ってみようかと思っただけだったのだが、そこでまさか『鷹』の名前も聞けることになるとは思っていなかった。
大陸中に其の名を刻む、無類の強さを誇る冒険者にして、『鷹』の二つ名を持つ一人の男。
昔から残る伝承に、その剣の腕にてどんな魔獣であろうと打ち倒してきたという者の名を、『鷹』や『隼』という名で残していた。その内、剛を示す者をして『鷹』と呼び、柔を示す者をして『隼』と呼ぶようになった。
世に冒険者という名が広がるにつれ、その二つの名は強さの頂点を示す名として、その強さへの畏怖や畏敬を持って、その名で呼ばれるようになりはじめた。
しかし。ただその名を呼ばれるだけの男ではないだろうと思う。
高確率で『鷹』の担い手だ。そして、思う。
この”二つ”が出会ったのか!
それは、もしかしたらこの”二つ”が何かに引き寄せられているのかもしれない。そしてもしかしたら自分のこの行動ですらも。
沸き出す思考は止まることなく、これからの可能性を指し示す。
『将星』は如何しているだろう?ひょっとすると未だ動きは無いかもしれない。あいつはそんな奴だった。ならばこれから何処かでこの”二つ”とも出会うかもしれない。
『先賢』はきっと動く。『鷹』に『視妃』、それを追う俺がもし出会うことに成れば、あの男が静観しているはずがない。
そして、もう一つの鍵。口伝にて途切れることなく受け継がれてきた『宵の六歌』その最後の一つ。
『不明』
ひょっとしたら、その謎も、解けるかもしれない。
あいるは。もしかしたら、其の全てが集うことになるのかもしれない。それによってどのような事が起こりうるのかは朧に伝わるだけで、はっきりと何が起きたのかは伝わっていない。それでも、刻まれた爪跡は口伝のみならずこの世界に残っている。
それに、同じことが起きるかは解らない。しかし、もしかしたらという思いもある。
今からおよそ四百年前、その六人の集った時代。不干渉への警告を無視した馬鹿な国が、一人の少年を連れ去り、そして消えた。
それから更に昔のこと。消え去った国がある時代。その時もまた、その六人が揃っていたという風に伝え聞いている。
そして、そこには更にはもう一つの存在。
遥か昔にありて、忘れ去られた記憶に残る、唯一にして絶対のこの世界の王者。
『救世の忌み児』
『災禍の英雄』
『暗夜の光明』
……
それがその六人の誰かを指すのか。それとも、その六人とは別の存在のことなのか……。
伝わる名は数あれど、それが指し示すのは一人の人物であると思われ、その相反する意味を持つ名には、一つの言葉が付随していた。
『リュウ』
それが何を意味するのかは解らないが、その名の後に続く言葉は亡国の二字。
自然に漏れるくぐもった笑声に、声をだしては不味いと思いつつも止める事が出来ない。それを意識すればするほど波が高くなるように押し寄せ、堰を切るように増大し、気がついた時には高笑いをしている自分がいた。
ひどく愉快だった。たまらなく爽快だった。今までの在り来たりな生活にうんざりしていただけに、この気持ちの昂ぶりは押さえが利きそうに無い。
不意に正気を取り戻し、気がついてみると奇異の視線を集めていた。普段の自分ならばこんな視線を即座に塗り替えるべく、誘導しやすい感情を探りそう行動するだろうけれど、今だけはそれすら気にすることなく、ただそのまま笑い続け、暮れ始めた夕日を背にその場を去るべく歩き始めた。
会うのが楽しみだ。早く会いたくてしかたがない。
『鷹』に、『視妃』の守護である『夜の王』。出会ったことは無いけれど、其の話を聞くだけで胸に燻るこの衝動を押さえ切れなくなる。
あぁ、叶うのなら、呆気なく壊ないで欲れしいものだ。
「こんばんわ」
背後からの其の声に振り返ると、そこに居たのは一人の少女。
いや、その背後にもう一人居る。その存在を前に出すことはせず、側に控えるという立ち位置を自分の身の置き場所と定めている。その月の光に蒼く輝く髪を背に流し、下向けられた瞳は思考を読ませず。
そして、その少女と眼が合う。
途端、世界が溢れた。