表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

8.わたしは心から嬉しい

「閉店?」

「知ってのとおり前の戦争でうちは壊滅状態。そのうえラウ師父(スーフー)も鬼籍に入って、開店休業みたいなものよ。それに〈ティティス・レコード〉を全面降伏させて休戦協定を結んだいま、わたしたちのような戦争屋はそもそも〈ティンパ商会〉からもうあまり必要とされていないみたい。免除されていた上納金を納められないなら閉店よ」

「そんなバカなことがあるか……!」


〈ラウ書店〉は金銭ではなく暴力で組織に貢献してきた。だからこそ〈ティンパ商会〉を率いるレガード・ウォンの意向もあって莫大な上納金を払わずにすんでいたし、経済的なあがりが少ない縄張りでもなんとかやってこれたのだ。


「ウォン大人(ダーレン)がそんなこと。あの人はラウ大哥(ダーコー)と義兄弟の契りを交わした間柄だぞ」

「ええ。けれどウォン大人(ダーレン)は半年前に事実上の引退を表明されたわ。いま〈ティンパ商会〉を総経理代行として取り仕切っているのは大小姐(ダーシャオジェ)――ルールー・ウォンよ」

「ルールーなら、ラウ大哥(ダーコー)に師事したお前の妹弟子じゃないか」


 ラウは弟子をあまりとらなかったが、盟友であるレガード・ウォンの孫娘であるルールーをあずかっていた。デシーカが言ったとおり、ロレッタは姉弟子ということになる。


「ウォン大人(ダーレン)とラウ大哥(ダーコー)のようにはいかないのか」

「そううまくはいかないものよ。このままだと遠からず〈ラウ書店〉は閉店」

「どうしようもないのか?」

「……方法がないわけじゃないわ」


 ロレッタは困ったような、苦々しいような、複雑な表情を浮かべた。


 舐めるように口をつけていたグラスの中身を、思い切って飲み干す。


「おい、飲めないのに無理するな」

「こうでもしないと、あなたにこんなこと言えやしないわ、デシーカ。正直なところ。あなたが出てきてくれて、わたしはラッキーだと思っている」


 空になったグラスを静かに置いて、ロレッタは黒い瞳の奥に冷たい光を灯した。


大小姐(ダーシャオジェ)が総経理代行になってから――〈ティンパ商会〉や直系組織の幹部が何人か殺された。犯人は不明。護衛も関係なく皆殺しで、相当な腕前」

「……信じられないな。どこのバカ野郎だ。さっさと解決できないと、ルールー・ウォンの新体制がガタガタになるぞ」

「だから、大小姐(ダーシャオジェ)は犯人に莫大な賞金を懸けたの。なんと三億ロンガン」

「まさか……その賞金首を狩ろうとしているのか、ロレッタ」

「ええ、そうよ。賞金が手に入れば〈ラウ書店〉もしばらくは生き残れるし、なにより戦争屋の暴力はまだ必要だとルールーに証明できる」


 底冷えするような声でそう言うと、ロレッタは身を乗り出した。


「デシーカ、〈ラウ書店〉は人が足りないの。あなたが帰ってきてくれれば、わたしは心から嬉しい。わたしたちは――」


 ほとんど囁くようにしてロレッタが紡いだ言葉は、


「もうやめて!」


 部屋に入ってきたイオの叫びにかき消された。


 デシーカはぎょっとして、ほとんど泣きそうになっている妹の顔を見た。


「ロレッタさん、帰って! お姉ちゃんはもう〈ラウ書店〉の仕事にはかかわらないって! そういう約束でしょ!? ラウさんとお姉ちゃんの約束でしょ!?」

「イオちゃん……」


 ロレッタはなにかを言おうとしたが、イオはそれを許さなかった。


「帰ってよ!」

「落ち着け、イオ。ロレッタは友人の私に仕事の愚痴を話しただけだ」


 デシーカは慌てて妹のもとに駆け寄ると、華奢な身体をそっと抱いた。


「大丈夫だ。私は復帰するつもりはないし、ロレッタもそのことはよくわかっているさ。そうだろう、ロレッタ」


 友人の名前を呼んだその声は少しばかり硬質で、ロレッタは諦めたように嘆息した。


「そうね、よくわかってる。つまらないことを言ってごめんなさい」

「ああ。今日はもう帰ってくれるか?」

「……ええ。いまの話は忘れて。わたしが軽率だった」


 ロレッタはゆっくりと立ちあがると、弱々しく笑った。


「気が向いたらお茶でもしましょう。お酒を飲むより、よほど健全だわ」


 そう言った彼女がこちらを振り返ることなく出ていったあとも、デシーカはしばらく妹を抱き締めていた。そうしていないと、自分がいるべき世界を間違えてしまいそうだった。


「大丈夫だよね?」


 イオから問いかけられた言葉に、デシーカは迷いなく答えた。


「ああ、大丈夫だ」

「お姉ちゃん、痛いよ……」


 強く抱き締めすぎてしまったことに気づいて、慌てて腕を緩める。


「すまない」

「いいけどさ」


 今度はイオのほうから抱きついてきて、デシーカは彼女の囁くような声を聞いた。


 信じてるからね――イオにそう言われた気がした。


 そう言われた気がしたが、本当にそうだったのか、デシーカには確信がもてなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ