7.閉店しなければね
ロレッタが琥珀色の液体をグラスに注ぐ様子を、デシーカはぼんやりと眺めていた。
洗い物を終えた妹は気を利かせて自分の部屋にいき、昔馴染みの友人と二人にしてくれた。ほんの数分前まであった食卓の風景が、まるで幻のように思える。
「ロレッタ、私が出所することを知っていたのか?」
「まだ一年も経っていないのよ。アヴァロン黒社会で知らない者がいない〈耳長鬼子〉が出てくるとなったら、すぐに噂になるわ。情報なんてどこからでも漏れてくるものよ」
「違いない」
「だから、五年は入っておくべきだった。そうすればもう少しは静かだったわ」
「私はてっきり、ロレッタが出してくれたものだと思っていたよ」
「バカね。いまの〈ラウ書店〉にそんな力があるわけないでしょう。残念だけれどね」
嘆息混じりにそう言ったロレッタは、少し疲れているようにも見えた。
「でも、本音を言うとね。あなたが出てきてくれて嬉しいわ」
デシーカの目の前にグラスが差し出される。
それを手に取って、彼女は向かいに座っているロレッタに掲げた。
二人はグラスを軽くぶつけた。
「おめでとう、デシーカ」
「ありがとう、ロレッタ」
一口、二口飲むと、重厚な風味と香りが口のなかに広がる。
いやなアルコール臭さは一切なく、喉や胃をとおる感触すら心地よかった。
酒の味をろくにわからない自分には、本当にもったいない代物だ。
「こんないい酒、よく買えたものだ」
「なんとたったの三万ロンガン」
「ウソをつけ。そんな値段で買えるわけがない」
「わたしの人徳の成せる技なのよ、デシーカ」
少し得意げに言って、ロレッタは笑った。
「ウソウソ。あなたがチンピラを追い払ったことがあるバーを覚えてる? あそこのマスターが、あなたが出所するならって」
「ああ、よく覚えているよ。相変わらず気のいい連中だな」
「そうね」
ロレッタは舐めるようにしてグラスに口をつけた。
「本当によくしてくれるし、わたしはあの人たちをこれからも支えてあげたいと思っている。あそこはずっと、ラウ師父とわたしたち〈ラウ書店〉が見てきたから」
「ラウ大哥のことは――」
デシーカはなにを言ったものかと逡巡して、グラスを煽った。
アヴァロン黒社会でも生粋の武闘派として名を馳せた〈ティンパ商会〉直系組織〈ラウ書店〉を率いてきたシリング・ラウは、〈ティティス・レコード〉との戦争に決着がついたあと、病に倒れて呆気なく死んだ。もう何年も前から周囲に知られないように無理をしていたことは、ラウから口止めされていた主治医が死後に語った。
収監されていたデシーカはロレッタからの手紙でラウの死を知ったが、葬儀に出ることもできず、大きな恩を彼にどこまで返せたのかは結局わからなかった。
「もう吹っ切れたわ。アヴァロン黒社会の誰からも〈無二無三〉と恐れられた八卦功夫六合合一拳のシリング・ラウも、病気には勝てなかった。それだけのことよ」
言葉とは裏腹にロレッタの表情はちっとも晴れやかではなかったし、そんな簡単に整理できないことはデシーカもよくわかっている。
「店長は副店長のお前が引き継ぐのだろう?」
「〈ラウ書店〉が閉店しなければね」
ロレッタは困ったような顔で、曖昧に笑った。




