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6.心配するな

〈ラウ書店〉の縄張りになっているアヴァロン島の下町エリアにある小綺麗なマンションは、刑務所に入る前となにも変わっていなかった。


 デシーカは住まいにこだわりはないが、イオには真っ当な暮らしをしてほしかった。だから彼女は妹のためにこの家や車を買ったし、黒社会の仕事を一切させなかった。


「お姉ちゃんの手料理、食べたかったんだよね」

「私の出所祝いなのに、私が料理を振る舞うんだな」

「だって、あたしよりお姉ちゃんのほうが料理うまいじゃん」


 食卓に座るイオは、並んだ料理に目を輝かせてそう言った。


「確かにイオの料理は食えたものじゃない」

「ひっどー!」


 わざとらしく頬を膨らませた妹の顔を見て、デシーカは小さく笑った。


「さあ、食べよう。私も久しぶりにつくったからな。腕が鈍っていないといいが」


 デシーカは似合っていない可愛らしいエプロンを外すと、イオと向き合って食卓に着いた。


 目の前には家庭的な料理が大皿で並んでいる。トマトとじゃがいもの牛肉入りスープ、しょうゆ煮込みの鶏肉、黄花魚のねぎソース、豆腐と魚のすり身の蒸し物、そんなあれこれ。


 いまではエルフ人も、ガウロン人がもち込んだ料理をつくるようになってしまった。どれも見た目よりもあっさりしている味つけで、大皿の料理を白い箸で取りわけて黒い箸で食べる。


「いただきます!」


 イオはそう言ってから、ぴたりと動きをとめた。


 改めてこちらに視線を向け、静かな声音で告げる。


「本当に……二人で暮らしていけるんだよね?」

「ああ、この前の戦争が私の最後の仕事だ。心配するな」


 デシーカは熱い黒茶を手元の茶杯に注ぎながら、精一杯の笑顔をつくった。


「〈ティンパ商会〉にも〈ラウ書店〉にも話はついている」

「うん……ロレッタさんもそう言ってたけどね」

「組織を抜けてもロレッタは私の大切な友人だ。嫌いにならないでくれ」

「嫌いにはならないよ。でも、やっぱり、少し心配なんだよ」


 ろくでなしの両親がデシーカとイオの幼い姉妹を人身売買組織に売り飛ばし、二人が変態どもへの商品として陳列されていたとき、たまたま〈ティンパ商会〉との抗争があった。


 二人を仕入れた組織は壊滅し、〈ラウ書店〉の店長だったシリング・ラウは気まぐれに商品だった二人を助けてくれた。運がよかっただけのことだが、ラウには大きな恩ができた。


 同い年のロレッタ・イェンはもうすでに〈ラウ書店〉にいて、二人は気がつけば友人だったし、戦友になったし、本当に家族みたいなものだった。


「何度も言うが、心配するな」


 デシーカは茶杯をイオに差し出して、白い箸で取り皿に料理を取りわけてやった。


「明日から新しい仕事を探さないといけないな」


 生真面目な顔でつぶやくと、イオに少しだけ笑顔が戻った。


「えー……お姉ちゃん、面接とか大丈夫そ?」

「そうだな。面接、面接か」

「無愛想だからなー。笑顔の練習したほうがいいよ」

「それは難易度が高そうだ」


 どちらともなく笑って、イオが取りわけた料理を口に運ぶ。


 自分の料理を食べる妹の姿に、デシーカは本当に出所したのだと実感した。


 幸いなことに料理の腕は鈍っておらず、大皿の料理はほどなくなくなった。


 食卓を片づけて洗い物をするイオには、可愛いエプロンがよく似合っている。


 食後に一服したくなり、無意識に煙草を探していることに気づいてデシーカは苦笑した。


 するとこちらの考えを読み取ったように、イオが声をあげた。


「お姉ちゃーん!」

「うおっ! いや、なにもやましいことは考えていないぞ」

「なに? やましいことって? お客さん! ちょっと出てくれる?」


 言われて、来客を告げるドアチャイムが鳴っていることにはっとする。


 デシーカは言われるままに玄関までいってドアを開けた。


 そこには眼鏡をかけた小柄な女が立っていて、よく見知った顔だった。


「ロレッタ……!」

「久しぶりね、デシーカ」


 ロレッタ・イェンは高級そうな酒瓶を掲げて、くすりと笑った。


「出所祝いよ。一杯やらない?」

「ずいぶんと奮発したな。下戸のくせに」


 不思議なものでロレッタの顔を見た瞬間――デシーカはどこかほっとした気分になった。


 二人は〈ラウ書店〉の殺し屋としてずっと抗争の最前線に身を置いてきた。背中をあずけ合って、剣林弾雨の死線を潜り抜けてきた。ロレッタに対して、まるでなくしていた自分の半身が見つかったような、そんな感覚さえした。


 デシーカは口元をわずかに緩めた。


 それはロレッタも同じで、まるで鏡に映したように、二人は似たような表情をしていた。


 デシーカはドアを全開にして彼女を迎え入れようとしたが、その背後には影のようにして別の女が控えていた。


「オードリー」

「……デシーカさん、お勤めご苦労さまでした」


 長身痩躯の猫背の女――オードリー・フーは、〈ラウ書店〉の店員の一人でロレッタの忠実な部下だ。デシーカもよく知っている。黒髪を伸ばし放題にして顔の右半分が隠れてしまっている陰鬱な雰囲気の女だが、案外と饒舌で楽しいやつだ。


「まあ入ってくれ。オードリーも」

「……いえ。雨が降っていたので、運転手としてイェン小姐(シャオジェ)を送ってきただけですから」

「それならロレッタが酔い潰れても安心だな」

「……はい、私がエッチな悪戯をしてしまうかもしれませんが。あ、想像すると子宮疼く」


 ロレッタが無言でオードリーを蹴り飛ばした。


「……ありがとうございます! イェン小姐(シャオジェ)ちゅきちゅき」


 なぜか嬉しそうな声をもらすオードリーに、デシーカは嘆息した。


「まったく、相変わらずだな。近所迷惑だから、そろそろ入ってくれるか」

「そうさせてもらうわ。オードリーは車でまっていて」


 ロレッタを招き入れ、ゆっくりとドアを閉める。


 彼女が友人としてやってきたのか、〈ラウ書店〉の副店長としてやってきたのか。


 その顔を見るだけでは、デシーカにはわからなかった。

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