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5.おかえりなさい

「お世話になりました」


 無表情でこちらを見送る刑務官に、デシーカは深々と頭をさげた。


 長く伸ばしていた白金の髪は入所する際に規則でばっさりと短くされてしまったが、彼女の美しさはなにも損なわれていない。収監中に差し入れされた黒いインナーに白いアウターを羽織り、ルチアーノを殺したときとは真逆のような装いだった。


「さっさと失せろ、耳長」


 刑務官のガウロン人はそれだけを吐き捨てた。


 出口までの廊下は窓もなく無機質で、低い天井に等間隔で蛍光灯が設置されている。もう寿命が近いのか、いくつかはチカチカと明滅していた。


 デシーカはもう一度頭をさげると、硬質な足音を響かせて廊下の突き当たりにある分厚い鉄扉に向かった。そこには別の刑務官がいて、ゆっくりとその鉄扉を開いた。


 扉の向こうからは弱々しい光が漏れてくるだけだった。


 雨の音。蒸し暑い空気。緑のにおい。


「やれやれ、晴れの門出にしてはとんだ天気だな」


 デシーカは外の世界の空気を吸い込み、仕方なさそうに腰に手を当てた。


 背後ではこちらを追い出した刑務所の鉄扉が、重々しい音を立てて閉じられた。


 五メートルのコンクリートの壁と有刺鉄線に囲まれた凶悪犯罪者用の刑務所は、人口が集中するアヴァロン島の沿岸部とは隔絶された山間部に要塞のようにして佇んでおり、タクシーなんて気の利いたものは存在しなかった。


 雨のなか途方に暮れるとデシーカに答えるようにして、車のクラクションが鳴った。


 目をやると、よく見知った型落ちの中古車がハザードを焚いて停車していた。


 運転席のドアが開き、エルフ人の少女がひょっこりと顔を出す。


「お姉ちゃん!」

「イオ!」


 デシーカは彼女にしては珍しく、目を大きくして驚いた。


 小走りに駆け寄ってくるのは紛れもなく彼女の妹だった。


 似たような背格好だったが、白金の髪をポニーテールにして、ころころと表情が変わる大きな目と表情は、デシーカよりもずいぶんと愛嬌があるし快活な印象だった。


「えっへへ、迎えにきたよー」


 デシーカは抱きついてきた妹の華奢な身体を慎重に抱き締めた。


「驚いた。出所する連絡がいっていたのか」

「そうだよー。あたしもびっくりだよ」

「まったくだ。アヴァロンの当局がそんな真面目に仕事をしているなんてな」

「そうじゃなくて、それもあるけどさー。まだ一年も経ってないじゃん」

「ああ、なかでは模範囚だったからな」

「えー、ホントかなー」


 半眼になって言ってくるイオの頭を、デシーカはわしゃわしゃと撫でた。


 ルチアーノを殺したあと組織の命令に従って出頭し、即日裁判、即日判決。


 容疑はルチアーノの殺害だけで、いままでやってきた他の殺しは一切問われなかった。


 当局とは事前にそういう話がついていて、最低五年は食らうということはデシーカも承知していた。戦争はそれを条件にアヴァロン警察が仲介して手打ちになっている。


 それがデシーカ・デグランチーヌの最後の仕事で、カタギになって妹のイオと暮らすにはむしろ五年くらいは組織と距離を置いて刑務所で静かにしておくべきなのだ。


 だが、一年も経たずにこうして出所した。


 剣呑だな、とデシーカは思った。


 このアヴァロンでは刑期なんてものはどうにでもなるが、本人の意思に関係なく短くなったということは、誰かがそうしたということだ。デシーカを早く出所させるために、金を積み、女を貢ぎ、あるいは脅迫した。とにかくそういう労力をかけた。


「お姉ちゃん、濡れちゃうから。車乗るよー」


 イオに手を引かれて、デシーカは曖昧に笑った。


「イオの運転で大丈夫か?」

「あたりまえじゃん。お姉ちゃんの運転は乱暴だからさー」

「そうかな?」

「そうだよー。ひどいんだから」


 くすくすと笑いながら、イオが運転席に乗り込む。


 デシーカも少しだけ笑い、助手席のドアを開けた。


「どこかで煙草を買いたいんだが」

「ダメダメ、あたしとの約束覚えてる?」


 シートベルトを締めながら、イオが唇を尖らせる。


「組織から足を洗う、禁煙する、妹をいっぱい大切にする」

「いや、もちろん覚えている。しかし、そんないきなりは」

「そもそも刑務所のなかは煙草吸えないでしょ」

「……」

「お姉ちゃん?」


 デシーカはわざとらしく目を逸らして助手席に乗り込んだ。


 刑務所のなかでは煙草なんていくらでも手に入る。なにせ刑務官とグルになって売店を営んでいる囚人がいるくらいだ。なんなら麻薬すら売っている。


 イオは大きく嘆息してから、ゆっくりと車を出した。


「ちゃんと約束守れそう?」

「ああ、私が悪かった。禁煙するくらいなんともないさ」

「ならよし」


 そう言って笑うイオを見て、太陽みたいな笑顔だな、とデシーカは思った。


 シートに深く腰を沈め、丁寧な運転に身を委ねる。


 二人ともしばらく黙っていたが、イオが不意に言った。


「おかえりなさい、お姉ちゃん」

「ああ、ただいま」


 と、デシーカは囁くようにして言った。


 カーラジオを点けると天気予報が流れてきて、雨はこれから強くなるということだった。

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