25.冗談きっついで
下道におりない限り延々と周回できるため、車は移動する密室のようなものだった。
「で、賞金首の件でうちに聞きたいことがあるっちゅう話やけど」
高速道路をしばらく走り、ロクサーナがようやく口を開いた。
「ひとつ確かめておきたい。例の橋が落ちた事故、本当のところは知っているな?」
「ああ、もちろんや。ロレッタ・イェンも無茶しよって」
ロレッタが賞金首とやり合ったという情報は、警察や黒社会にはすでに広まっているようだった。だが、おそらく信用できない情報も多いはずだ。だから、ロクサーナはロレッタと直接話しをしたというこちらの言葉に乗ってきた。
「相手はエルフ。撃剣魔術士」
「はっ、おいおい。寝言は寝て言え」
横目でロクサーナの表情をうかがうと、口元をわずかに引き攣らせている。
「このアヴァロンに、あんた以外にそんなやつがおってたまるか」
「間違いないさ。ロレッタの話なんだからな」
「撃剣魔術士やと? どこのアホが連れ込んだのかは知らんが――」
ロクサーナは露骨に舌打ちした。
「大陸からの流れもんか?」
「わからないが、もし〈ティティス・レコード〉にそんな殺し屋がいたのなら、噂くらいにはなっただろう」
「そらそうや。全面降伏したあとに隠し球もないやろ。しかしなあ、耳長。撃剣魔術士は絶滅危惧種や。あんたと同じ〈課堂〉の出身者やと思うか?」
「……さあな」
大陸にある〈課堂〉という機関は、知っている人間には殺し屋製造工場と呼ばれている。
デシーカはシリング・ラウのツテで〈課堂〉に入って六年間学んだ。
彼女が知っている限りそこは学校のようなところで、神聖帝国中から後腐れない子どもたちが集められて殺しの教育を受けていた。その過程で死人が出ることも珍しくない。だが、それ以外は普通の学校と同じような座学もあったし、全寮制で衣食住に困ることもなかった。
「〈課堂〉の商品の出荷先は、神聖帝国の軍か諜報機関だ。私のように黒社会に身を置く商品は珍しい。ましてや撃剣魔術士の素養をもったエルフは貴重で、言ってみればエリートだ」
「自慢かいな。アホらしい」
「逆だ。私は優秀とも言えない普通の生徒だった。だからこうしてアヴァロンにいるんだ」
「余計におっそろしいわ。あんたで普通なら、〈課堂〉の連中はバケモンかなんかか」
うんざりした表情でロクサーナがうめいた。
「その話がホンマやとしたら。フリーの殺し屋になるなんぞ、よっぽどの落ちこぼれか」
「かも知れない。なにせ自分の魔術刀をもっていないようなやつだからな」
「どういう意味や?」
「それがお前に確かめたいことだ、ロクサーナ!」
デシーカはいきなり助手席から身を乗り出すと、ブレーキを思い切り踏みつけた。
タイヤがアスファルトに擦りつけられる耳障りな音が響く。
急停止でハンドルをとられた車はバランスを崩して右側に大きく揺れて、後ろから突っ込んできた車に弾かれるようにして吹っ飛んだ。そのままアスファルトを滑るようにして一回転しながら車線を横断し、高速道路の遮音壁にフロントから激突する。
凄まじい衝撃に身体が前に投げ出されるが、デシーカはすぐさま作動したエアバックに受けとめられた。全身を強かに殴られたような痛みに顔をしかめる。
けたまましいクラクションの音が、そこかしこから聞こえていた。
遮音壁に激突したこちらを避けようとした車が別の車に激突し、数台を巻き込んだ大事故になっている。車から降りた人々がなにかを言っているが、デシーカはその声を無視した。
「くそっ……たれ! なんやねん」
「ロクサーナ、ロレッタとやり合った撃剣魔術士が使っていたのは白無垢鉄火だ」
助手席のドアを開けて外に出たデシーカは、運転席側に回って朦朧としているロクサーナを引きずり出した。胸ぐらを掴み、力任せに高級車に押しつける。
「私からお前が押収してアヴァロン警察の保管庫にあるはずのな」
「……っ、アホ言え」
「ロレッタは白無垢鉄火の妖精幻想を喰らっているんだぞ」
ぎりぎりと締めあげながら、ロクサーナの耳元に囁く。
「殺し屋を雇っているのが、警察ならしっくりくるんだがな。押収品の横流しも楽なものだ」
「冗談きっついで」
返ってきたのはドスの効いた声だった。
胸ぐらを締めあげるデシーカの両腕を、ロクサーナの手ががっちりと掴んだ。
凄まじい握力で、手首の骨が軋む。
「っ!」
デシーカは思わず手の力を緩め、ロクサーナはその隙にするりと抜け出した。
「うちがガルーなん忘れたんか? あんたの骨くらい簡単にへし折れるんやぞ」
「そうだったな。バカ力め」
デシーカは腰の後ろからベルトに捩じ込んだ自動拳銃を抜き放った。
人狼――ガルー人はエルフ人やガウロン人に比べて、圧倒的な身体の強靭さをもっている。単純な膂力もそうだし、瞬発力、持久力、回復力、どれをとっても超人的だ。
「うちから力づくで情報を聞き出すつもりか? アホらしい」
頭にある尖った獣耳をひこひこと動かして、ロクサーナは不敵に笑った。




