23.ひどい顔だ
一睡もできないまま、朝になった。
デシーカは洗面所の鏡に映る自分の顔を見ていた。
不健康そうな青白い肌をしたエルフ人の女が、無機質な蛍光灯の光に照らされている。
「ひどい顔だ」
蛇口ハンドルをひねり、温い水で何度も顔を洗った。
顎から滴る水をそのままにして、デシーカはもう一度鏡を見た。
まっとうな仕事に就くために笑顔の練習をしたことを思い出す。
履歴書に貼りつけていたぎこちない笑顔の写真のほうが、何倍もいい顔だった。
ルチアーノの嘲笑が、ロレッタの寂し気な声が、オードリーの冷たい声が、ロクサーナの警告が、イオの無機質な声が、頭のなかで混ざり合って気が狂いそうだった。
それらすべてを振り切るようにして、鏡のなかの自分につぶやく。
「大丈夫だ、ロレッタ。私に任せておけ」
デシーカはリビングのテーブルに置いてあった転職情報誌を手に取って自室に向かった。
ベッドと本棚、クローゼットがあるだけの、生活感のない部屋だった。
デシーカは転職情報誌をゴミ箱に投げ捨て、自室のクローゼットの奥からもう着ることはないと思っていた服を取り出した。糊のきいたカラーシャツ、黒いネクタイ、上等な生地のベストとジャケット、上着と揃いのショートパンツ。
デシーカは下着一枚になった。
余計な肉がまったくついていない、研ぎ澄まされた刃物のような身体。
真っ白い肌には大小の傷跡が残り、それは彼女の人生そのものだった。
服を一枚一枚身につけていく度に、武装しているような気持ちになる。
デシーカはクローゼットに設置してあるカラーボックスの一番上の段を開けた。
そこには地味な下着と一緒に、自動拳銃と弾倉が入っていた。
「銃はあまり得意ではないんだがな」
流れるような手つきで弾倉を装填し、スライドを前後させる。
初弾が薬室にあることを確認すると、デシーカはベルトに自動拳銃を捩じ込んだ。
ジャケットを羽織ると、静かにクローゼットを閉じる。
続けて本棚から滅亡したマグ・メル王国の歴史書を手に取った。分厚い中身はくり抜かれていて、一〇〇万ロンガンが入った茶封筒がいくつか納まっていた。
一番上の封筒を手に取り中身を確認する。
札束と電話番号が書かれたメモが入っていた。
デシーカはジャケットの内ポケットに茶封筒を押し込むと静かに部屋を出た。
目の前は妹の部屋だった。
「イオ、本当にこれで最後だ」
反応はない。聞こえているとも思えない。
デシーカは息を吸い込み、ドアをノックしようとして、やめた。
小さく震える右手を、ゆっくりとさげる。
「信じてくれ」
それだけを言って、彼女はもう振り返らなかった。




