2.面白くもねえし笑えねえよ
薄暗い部屋の奥に鎮座する黒檀の机には、オーダーメイドの上等なスーツに身を固めた堂々たる体躯の男が座っていた。かつては美男子だった面影があるその顔は、長年の苦難と知略を刻み込んだ深い皺に覆われている。
長く尖った両耳は彼がエルフ人であることを表しており、
「デシーカ、まったく、エルフの面汚しが」
それは彼女も同じだった。
尖った両耳、腰まで伸ばした癖ひとつない白金の髪、宝石のような碧眼。
デシーカは実にエルフ人らしいエルフ人だった。
すらりとした長身に、ほっそりとした顎は銀幕の女優のよう。だが、美しい瞳の奥は重く濁っており、笑顔は酷薄で、声音は乾き切っていた。
血と暴力のにおいを、彼女は全身にまとっている。
「お前ほどの殺し屋が俺の組織にいてくれればと思ったことは、一度や二度じゃあねえよ」
「私は確かにエルフだが、縁がなかったんだよ、ルチアーノ」
デシーカは皮肉げに笑い、ジャケットのポケットを弄った。
くたびれた煙草の箱を手にすると、一本取り出して咥える。
灼熱の魔術刀でその煙草の先を斬ると、まるで手品のように火が点いた。
「私は〈ティンパ商会〉の兵隊で、お前はこれから死ぬ。〈ティティス・レコード〉もこれで店仕舞いだ」
エルフ人とハーフエルフだけで構成された〈ティティス・レコード〉は、アヴァロン島を支配する黒社会の二大勢力のひとつだった。デシーカが身を置く〈ティンパ商会〉とは長年にわたり大小の抗争を続けてきたが、今回の全面戦争で決着はついた。
デシーカが頭目であるルチアーノの眼前に立っていることがその証拠だ。
「デシーカよ、さっさと俺のそっ首刎ねてもっていけ」
役者のように大袈裟に肩をすくめ、ルチアーノは笑った。
年季の入った声は掠れていたが、目の前に迫った死になんの恐怖もないようだった。
「せいぜい出世するんだな」
「あいにくだな。私はこの戦争が終わったら、足を洗ってカタギになるさ」
「おいおい……バカを言えよ、生粋の殺し屋が。面白くもねえし笑えねえよ」
ルチアーノは両手で頭を抱えるようにして、整髪料で撫でつけた髪をかきあげた。
「このアヴァロン黒社会に、爪先から頭のてっぺんまで浸かり切っているお前が。くっくっ……カタギになんぞなれるか。どれだけ遠ざかろうとしても、気がつけば足元は泥沼だぞ」
「口を閉じたらどうだ、ルチアーノ。死ぬ間際くらいな」
「俺がチンピラだったころのあだ名を知ってるか? 〈お喋り〉ルチアーノだぞ?」
「なら最期に遺言でも?」
「そんな気の利いたものは用意してねえよ」
ルチアーノは黒檀の机の引き出しから、グラスと高級そうな酒の瓶を取り出した。
琥珀色の液体をグラスに注ぎ、それを掲げて見せる。
「まったくド三流の喜劇になりそうだな、デシーカ。前途多難な主役の殺し屋に乾杯だ。お前が泥沼に沈む様子を、地獄の底から見ていてやるよ」
デシーカはなにも答えなかった。
咥えていた煙草を一気に短くすると、足元に投げ捨てる。
ルチアーノがグラスの酒を一口に飲み干す。
瞬間――二人の距離は黒檀の机を挟んで死の間合いまで近づいていた。
魔術刀を握る手に力を込め、デシーカは灼熱の刃を一閃した。
首が飛んだ。
鋭利な切断面は魔術刀の熱で炭化して、血飛沫はあがらなかった。
かわりに肉と血が焼け焦げるにおいが鼻を突く。
絨毯にルチアーノの首が転がり、グラスをもったままの身体は机上に突っ伏した。
山積みの書類が床に散らばり、羽ペンは倒れ、インク壺から黒いインクがぶち撒けられる。
「ルチアーノ、地獄の亡者どもに気がすむまで喋ってろ」
デシーカは表情ひとつ変えず、魔術刀を鞘におさめた。
静寂が訪れた部屋の窓にかかる分厚いカーテンを、力任せに開く。
思い出したかのように、遮られていた太陽の光が窓から差し込む。
デシーカは目を細め、その暖かい光に身体をさらした。
この仕事が最後だ。私は何年間か刑務所勤めをして、それからカタギになって静かに暮らす。
まるで祝福されている気分だった。これからはじまる新しい人生を。
面白くもねえし笑えねえよ――と、足元に転がっている生首が言った気がした。
「ちっ」
反射的にそちらを一瞥し、どこか満足そうなルチアーノの顔に舌打ちする。
地獄の底から見ていると言うのなら、大いに結構だ。どの道、デシーカ・デグランチーヌも死ねば同じところにいく。そのとき、どうだったのか感想でも聞かせてもらうとしよう。
「ルチアーノ、せいぜい楽しんでくれ」
降り注ぐ太陽の光をもう少し味わっていたくて、デシーカは一服した。
ゆっくりと煙草を短くしていき、億劫そうに室内に視線を巡らせる。
暗がりにあった電話を見つけると、彼女は受話器を取った。
ダイヤルを回して暗記している番号にかけ、必要なことだけを告げる。
「〈ラウ書店〉のデシーカです。ルチアーノを獲りました」




