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15.ヨウセイゲンソウ

 眼鏡を押しあげると、ロレッタは慎重にお面野郎に近づいた。


「わたしの紫電で腑を内側から焼かれる感想はどう?」


 違和感に足をとめる。あれだけの一撃を喰らわせたにもかかわらず、転がっているお面野郎の手には白無垢鉄火が握られたままだった。


 次の瞬間、お面野郎はなにごともなかったかのように跳ね起きた。


「まいったわね……」


 ロレッタは低くうめいた。まるで効いていないように見えたからだ。


「妖精の加護か――まったく、ずいぶんと魔氣を食べさせたようね」


 魔術刀に生きたまま練り込まれた妖精は、文字どおり生きている。


 エルフ人たちの伝説によれば、アヴァロン島に暮らす妖精は「マギ」と呼ばれるエルフ人たちが魂に宿すエネルギーが大好物で、ときには分け与えてもらうことで不可思議な魔術の力を貸すことがあるという。


 この「マギ」とはガウロン人が言うところの「魔氣」と同じもので、つまるところ魔術刀とは妖精に使い手が餌を与えることで超常の力を発揮している代物だった。


 エルフ人たちはそんな魔術刀の使い手を撃剣魔術士と呼んだが、使い手が死んでしまうと食事がなくなってしまうため、撃剣魔術士には様々な災厄から身を守る妖精の加護が宿るという。


『ヨク、シッテイルね』


 お面野郎が小首を傾げるようにして言った。


 機械で声を変えているらしく、言葉にはがさがさという不快な雑音が混じっていた。


「言ったでしょう。その魔術刀は友人のものなのよ」


 ロレッタはお面野郎を見据えると、再び構えを取った。


 魔術刀は燃費が悪い。抜いている間、ずっと魔氣を食われ続ける。


 魔氣の総量には個人差があって、決して無尽蔵ではない。いくら白無垢鉄火が強力でも、持久戦でお面野郎の魔氣を枯渇させれば勝機はある。


 お面野郎が魔術刀を中段に構えた。


『ソレナラ、コレハ、ドウ?』


 ロレッタは異様な気配に半歩だけ後退った。いやな予感がする。


『ヨウセイゲンソウ』


 膨大な魔氣が魔術刀に流れ込む気配にぞっとする。


 灼熱の刀身が先ほどよりも煌々と輝いた。


 魔術刀に練り込まれた妖精の力を解放する――〈妖精幻想〉。


「まさか、それを使えるなんてね」


 ロレッタは全身の神経を集中してそれに備えた。


 デシーカが使うところを何度か見て、白無垢鉄火の〈妖精幻想〉のタネが割れていてよかった。初見ならまず対応できない。


「きてみろ……」


 ロレッタは自身を鼓舞するように、これから解放される妖精の力を名をつぶやいた。


「〈黒犬鉄鎖友柄〉……!」

『コッケン、テッサ、トモガラ』


 二人がそう言ったのはほぼ同時だった。


 瞬間、ロレッタの周囲の空間が何箇所も歪み、そこから灼熱の鎖が何本も飛び出してきた。


 まるで意思をもつ蛇のようにのたくって、こちらに迫ってくる。


「しいぃぃぃぃぃぃ!」


 紫の電光が、ロレッタの周囲に迸る。


 眼前に迫った一本目を叩き落とし、反射的に後ろに跳んで二本目をかわす。


 足首に巻きつこうとしてきた三本目を右足で踏みつけ、背後からの四本目はその右足を軸にした回し蹴りで弾き飛ばした。


 一撃を叩き込む度に紫電が瞬き、爆発が空気を焦がす。


「ちっ」


 鎖は次々に現れ、ロレッタはその度に寸でのところでかわし、拳と蹴りで弾き飛ばした。


 お面野郎との距離は離れるばかりで、自分が肩で息をしているのがわかる。


 まずいな、とロレッタは思った。


 このまま呼吸が乱れれば、八卦功夫の魔氣を練れなくなる。


 何本目かもわからない鎖を叩き落とし――


「!」


 彼女の左足首に灼熱の鎖が巻きついた。


 反応する暇もなく鎖が巻かれる。


 ロレッタは後ろに転倒し、アスファルトに身体を強かに打ちつけた。


 釣りあげられた魚のようにして、凄まじい勢いで引きずられる。


 その途中でも次々と鎖が殺到し、両手両足に巻きついてきた。


 全身にまとう八卦功夫の紫電があってなお、肌が焼ける感覚にぞっとする。


 歪んだ空間から延びる灼熱の鎖によって、ロレッタは宙に浮くようにして磔にされた。


 大の字で固定され、どれだけ力を込めても鎖はびくともしなかった。


「くそっ……まったくとんだしくじりだわ」


 お面野郎が白無垢鉄火をだらりとさげて、こちらに無造作に近づいてくる。


 魔術刀の妖精の力を解放する〈妖精幻想〉をこれだけ維持しても魔氣が尽きないとは。ここまでの撃剣魔術士が、デシーカ以外にアヴァロン島にいるなんて思いもしなかった。

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