14.出し惜しみはなしでいく!
ロレッタはじりじりと間合いを測りながら、お面野郎に軽く誘いをかけてみた。
だが、反応はない。白無垢鉄火を正眼に構えて微動だにしない。
「ちっ」
見え見えの誘いにのってくるほど甘くはない。
「よく聞け、お面野郎。わたしとサシで殺り合うなんてのは、ここではモグリよバカ野郎が」
ロレッタは呼吸を整えると、口角を吊りあげた。
普段の彼女から想像もできない凶悪な笑みだった。
「出し惜しみはなしでいく!」
そう言った瞬間、空気を引き裂くバシリッという音が響いた。
ロレッタの周囲に紫の電光が迸る。
「易に太極あり。是れ両儀を生ず」
それは錯覚ではなく、まるで彼女を中心に放電しているかのようだった。
「両儀、四象を生じ、四象、八卦を生ず」
一際大きな紫の電光が爆ぜる。
「八卦、吉凶を定む」
無数の電流が周囲に伝播して空気を焦がした。
「八卦功夫六合合一拳!」
紫の電光をまとったロレッタは、肉食の獣を思わせる俊敏さでお面野郎に飛びかかった。
音もなく、滑り込むようにして距離を詰める。
魔術刀を満足に振るえないほどに密着しようとするが、相手は右足を後ろに引くなり身体ごと一回転した。
右手一本でもった魔術刀が横薙ぎに襲ってくる。
ロレッタは上半身を反らす最小の動きで灼熱の刃をかわした。
刀身の熱に頬が炙られる感覚にぞっとする。
続けざまに右袈裟がきた。
ロレッタはその一撃をかわそうとはしなかった。
腰を落として魔術刀の軌道を見据え、刀身の腹を左拳の裏拳で痛打した。
紫の電光が爆発にも似た音とともに迸る。
白無垢鉄火が大きく弾かれ、お面野郎の態勢が崩れた。
「!」
わずかに動揺したように見える。
白無垢鉄火の灼熱の刀身を、素手で叩き落とすやつがいるなど思いもしないだろう。
ロレッタはその隙を逃さず、右肩からぶつかるようにして懐に入り込んだ。
「しいぃぃぃぃぃぃ!」
独特の呼吸法で息を吐く。
下半身から上半身、自分の身体のなかを駆け巡るエネルギーをイメージする。
爪先から両脚、腰から背中、あるいは腹から胸、そして右肩、肘から拳。
それを打撃と一緒に解放する!
ロレッタはお面野郎を身体全体で押し出すようにして、右の拳を捩じ込んだ。
「〈鬼哭啾啾〉!」
爆発!
紫の電光が迸り、夜の闇が引き裂かれる。
お面野郎の両足が浮き、錐揉みしながら数メートルを吹っ飛んだ。
そのまま凄まじい勢いでアスファルトに激突し、ごろごろと転がる。
「八卦功夫を相手にするのははじめて?」
ロレッタは放電している拳を何度か開いては握った。
ガウロン人に言わせれば人間は誰しも「魔氣」というエネルギーを魂に宿している。この「魔氣」を独特な呼吸法で練りあげて、万物を司る「乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌」の現象と打撃を組み合わせる魔術こそ八卦功夫。
神聖帝国に古来より伝わるこの魔術はかつて複数の流派が存在して隆盛を誇ったが、いまでは大陸でも使い手はほとんどいない。シリング・ラウはそんな貴重な使い手の一人だったし、彼を師父と呼ぶロレッタもそうだった。
「森羅万象司る、八卦が震の申し子。〈紫閃電〉のロレッタ・イェンとはわたしのことよ」




