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11.うちは忠告にきたんや

「まいった。うまくいかないものだな……」


 眉間に深い皺を刻み、デシーカは深刻な声をもらした。


 騒がしい大衆食堂の隅に座って、プラスチックのコップに入った温い水を飲み干す。


 手元にはすぐ近くのコンビニで買ってきた求人誌。


 注文した雲呑麺が届くまで、デシーカはぱらぱらと雑誌をめくった。


 さまざまな業界のさまざまな職種の求人広告が、信じられないくらい掲載されている。選ばなければ仕事なんてすぐに見つかりそうだ。実際、アヴァロン島はずっと好景気だ。広大な大陸国家である神聖帝国がもつ不凍港として貿易のハブとなっており、常に温暖な気候であるためリゾート開発も盛んだ。仕事はあふれ返っている。だというのに――


「なぜだ」


 デシーカは応募した求人すべてに落ちた。


 まともな仕事に就くということが、こんなにも難しいものだったとは。〈ラウ書店〉の兵隊として何度も修羅場をくぐってきたが、これほど打ちのめされたことはない。


「笑顔の練習もしたというのに」


 ジャケットのポケットをまさぐって、四枚綴りになっている白黒の写真を取り出す。


 先ほど撮影してきた履歴書に貼りつけるための証明写真だった。


 そこには完璧な笑顔のデシーカが写っている。


「このままではイオに合わせる顔がない。妹に養ってもらう情けない姉になってしまう」

「おまちどうさま!」


 デシーカがため息を吐くと、威勢のいい店員が雲呑麺を乱暴に置いていった。


 黄色い卵麺に大きなエビワンタンが三つ、あっさりした透明感のあるスープ。


 箸を手に取るなり、デシーカは勢いよく麺をすすった。惨めな気持ちでも腹は減る。コシのある麺、プリプリのワンタン、最高だ。


「おー、耳長。邪魔するで。相席ええかいな」


 強い訛りがある声をかけられて、デシーカは麺をすすりながら視線だけをあげた。


 引き締まった身体をした、長身の美女。


「ふぉふふぉーほ……」

「アホか。食べてからしゃべらんかい」


 言葉に従って麺を咀嚼すると、デシーカは改めて眼前の女の名前を呼んだ。


「……ロクサーナ」

「久しぶりやなデシーカ。と、いうても、出てくるん早すぎや」


 かけていたサングラスを外すと、ロクサーナはどかりと正面に座った。


 ベリーショートの灰色の髪と美しい金色の瞳は、どこか狼を思わせた。実際、彼女の頭の上には尖った獣耳があって、粗野な笑みを浮かべた口元からは発達した犬歯が見えた。


 ロクサーナ・セクリスタはアヴァロン島では珍しいガルー人で、神聖帝国では人狼と呼ばれている。彼女がどういう経緯でアヴァロン島に流れ着いのかは知らないが、言葉がひどく訛っているのはそのせいだ。


 ロクサーナは店員を呼びとめて横柄に言った。


「こいつと同じもんちょうだいな。あとビール。会計はまとめてうちにつけといてくれ」

「ずいぶんと羽振りがよさそうだな――警部殿」

「それがびっくり。あんたのガラをおさえたおかげで、うちはいまやアヴァロン警察本部の警視様や。賄賂もがっぽり、お偉いさんも頭があがらん」


 声を押し殺して笑うと、ロクサーナはわざとらしく肩をすくめた。


 ド派手なピアスに胸元が大きく開いた柄シャツという格好はおよそカタギに見えないが、彼女は歴とした警察官だった。ただし、正義の味方なんてものではない。黒社会にも顔が効く、典型的な不良警官だった。


 デシーカはこの女のことをよく知っていたし、つき合いもそれなりに長かった。思想信条なんてものはなく、金さえ積めばなんだってやる。だから、信頼できる。


 ルチアーノを殺したあと、デシーカはロクサーナに電話して逮捕してもらった。


 彼女はうまく立ち回ってルチアーノ殺しの罪だけでデシーカを刑務所に放り込んだ。


 そして、ルチアーノを殺せば警察が両勢力を仲介して協定を結ばせ戦争を終わらせる、というデシーカからの依頼をしっかり果たした。これで大きな戦争はもう起きないし、〈ティンパ商会〉は磐石で、デシーカは黒社会から足を洗うことができる。そのはずだった。


「なんの用だ?」

「そんな邪険にせんでもええやろ。うちとあんたの仲やないの」


 先にやってきたビールをグラスに注ぎながら、ロクサーナは続けた。


「ずいぶん苦労しとるみたいやなあ。ま、無理ないで。あんたは黒社会の超有名人やからな。まともな会社が採用するかいな」

「放っておいてくれ」

「くっくっ……〈耳長鬼子(エルヴン・グイズ)〉が就職活動なんざ、泣けてくるで」


 ロクサーナはグラスのビールを一気に飲み干すと、テーブルに置いたままだった求人誌を手に取ってぱらぱらとめくった。挟まれていた証明写真を目にして、げらげらと笑う。


「なんやこの写真。顔面神経痛か」

「爽やかな笑顔だが?」

「アホか。ホンマにそう思っとるなら、あんたの目腐っとるで」


 やってきた雲呑麺をすすり、二杯目のビールを飲む。


 腐れ縁の人狼のそんな様子を、デシーカはじっと眺めていた。


「怖い怖い。そんな目で見られたら飯も喉とおらんし、おしっこちびってまうわ」


 言葉とは裏腹に、ちっとも怖がった様子はない。


「うちは忠告にきたんや、デシーカ」

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