最終話:呪いの解呪とプロポーズ
クラウディオ様たちが連行され、騒動が去った静かな夜。
私は公爵城のキッチンで、一人片付けをしていた。
「……レティシア」
背後から声をかけられ、振り返る。
ジークフリート様が、ワイングラスを片手に立っていた。
いつもなら威圧的なオーラを放っている彼が、今夜はどこか儚げに見える。
「ジークフリート様? まだ起きていらしたのですか」
「……これを飲んでいた」
彼はグラスを掲げた。中身はただの安酒だ。
「……微かにだが、味がするんだ」
「えっ?」
「渋みと、酸味が分かる。以前ならただの泥水だったものがな」
彼は寂しげに笑った。
「呪いが、解けかけているらしい。あの男の謝罪がトリガーだったのか、それともお前の料理が俺の魔力回路を正常に戻したのかは分からんが……」
それは喜ばしいことのはずだ。
「暴食」の呪いから解放されれば、彼は普通の人間と同じように食事を楽しめるようになる。
「よかったではありませんか! これでお好きなものを何でも……」
「よくない!」
ドン、と彼がグラスをテーブルに置いた。
「呪いが解ければ、俺はお前の料理を『必要』としなくなるかもしれん。……そうしたら、お前はこの城にいる理由を失うだろう?」
「……ジークフリート様」
この不器用な魔公爵様は、私が「契約」だけでここにいると思っているのだ。
自分の呪いが解けたら、私が去ってしまうと本気で怖がっている。
「……バカな人」
「なっ……」
私はエプロンを締め直した。
「座ってください。……貴方のその不安、私の最高傑作で溶かして差し上げます」
私は冷蔵庫から、とっておきの食材を取り出した。
「作るのは『エターナル・ジュエル・パフェ(久遠の宝石パフェ)』です」
グラスの底に敷き詰めるのは、酸味の効いた『恋色ベリー』のソース。
その上に、サクサクに焼き上げた『天使のパイ生地』を砕いて散らす。
そして、メインとなるのはアイスクリームだ。
『万年雪の氷乳』と『月光バニラ』を合わせ、空気を含ませながら急速冷凍した、口溶けの極致のようなアイス。
さらに、グラスの縁を彩るのは、七色に光る『虹の雫』のゼリーだ。
これは空にかかる虹の根元から採取されるという、幻の聖水で作られている。
「仕上げに……」
私はパフェの頂点に、飴細工で作った繊細なドームを被せた。
その上から、熱々の『黄金蜜のソース』をかける。
トロォォォ……。
熱いソースがかかった瞬間、飴のドームがパリンと音を立てて溶け落ち、中の冷たいアイスと混ざり合う。
「さあ、召し上がれ。……これが私の答えです」
ジークフリート様は、宝石のように煌めくパフェを見つめ、スプーンを差し入れた。
熱さと冷たさが混在する、その一口を口へ。
「…………ッ!!」
食べた瞬間、彼の瞳が潤んだ。
熱いソースと冷たいアイスが、口の中で抱き合うように溶け合う。
『万年雪の氷乳』の清らかな冷たさが喉を駆け抜けた直後、濃厚なバニラの香りが鼻腔を満たす。
サクサクのパイ生地の食感。
『虹の雫』ゼリーの、弾けるような瑞々しさ。
それらが複雑に絡み合い、一つの「愛」の形となって味覚を揺さぶる。
「……違う」
彼は震える声で呟いた。
「呪いがあるとか、ないとか……そんな次元じゃない」
彼は私を真っ直ぐに見つめた。
「俺の魂が、お前の料理を求めているんだ。……お前の作るものだから、こんなにも美味いんだ」
「はい。……やっと気づいてくれましたか」
私は彼に近づき、そっと手を握った。
「私は契約でここにいるのではありません。……貴方が、世界で一番私の料理を美味しそうに食べてくださるから。だから、ここにいたいんです」
ジークフリート様は私の手を強く引き寄せ、そのまま私の腰を抱いて立ち上がった。
パフェの甘い香りと、彼の熱い体温が混ざり合う。
「レティシア。……俺の妻になれ」
命令形だけど、その声は震えていた。
「料理人としてだけではない。俺の生涯のパートナーとして、俺の隣にいてくれ。……これから先、死ぬまで俺の胃袋と心を独占してくれ」
「……はい。喜んで、閣下」
「ジークフリートだ」
「……はい、ジークフリート様」
彼は私を抱き上げ、キスをした。
パフェよりも甘く、とろけるような口づけ。
「……ちなみに、パフェはまだ残っているぞ」
「あ、溶けちゃいます!」
「構わん。……溶けたアイスごと、お前を味わうからな」
その夜、私たちはキッチンで、二人だけの甘すぎる祝杯(という名のイチャイチャ)を朝まであげることになったのだった。
◇
## 第20話:パティシエ令嬢は永遠に甘く誘う(エピローグ)
それから数年後。
グランヴェル公爵領は、「スイーツの聖地」として世界的に有名な観光地になっていた。
街には甘い香りが漂い、広場には巨大な私の(!)銅像まで建てられている。
……正直、銅像は恥ずかしいから撤去してほしいのだけれど、旦那様が絶対に許してくれない。
「奥様! ウエディングケーキの最終チェックをお願いします!」
「ええ、今行くわ!」
公爵城の厨房。
かつて私が一人で立っていたこの場所には、今や多くのお弟子さんたちが働いている。
今日は、私たちの結婚記念パーティー。
そして、私が監修した新作ケーキのお披露目会でもある。
目の前にそびえ立つのは、五段重ねの巨大なケーキ『幸福の塔』。
スポンジには、幸福感をもたらすと言われる『天使の祝福麦』を使用。
クリームは、『ペガサスの乳』から作った、重力を感じさせないほど軽いホイップクリームだ。
そして、デコレーションには、真実の愛がある場所にしか咲かない『誓いの薔薇』の砂糖漬けを散りばめている。
「うん、完璧ね!」
私がクリームの味見をしていると、背後から大きな手が伸びてきて、私の指についたクリームをペロリと舐め取った。
「……甘さが足りないんじゃないか?」
「きゃっ!? ジークフリート様!」
そこには、すっかり「愛妻家」としての表情が板についた旦那様がいた。
相変わらず、その瞳は私(と私の作るお菓子)を見るとギラギラと輝く。
「つまみ食いはダメですよ。パーティーが始まってからにしてください」
「待ちきれん。……俺は毎日、お前の菓子を食べないと禁断症状が出る体になったんだぞ」
「それはただの甘えん坊です!」
「ふッ、否定はしない」
彼は私の腰に手を回し、首筋にキスを落とした。
厨房のみんなが「ごちそうさまですー」と言いながら、見ないふりをしてくれている。
呪いが完全に解けた今でも、彼は私の料理を世界一愛してくれている。
いや、むしろ呪いがあった頃よりも、食への執着と私への愛は増している気がする。
「……レティシア」
「はい?」
「愛している。……お前の菓子も、お前自身も」
「もう、知っていますよ」
私は彼の頬にキスを返した。
◇
パーティーは大盛況だった。
『幸福の塔』はゲストたちに絶賛され、みんなが笑顔でケーキを頬張っている。
そんな喧騒を抜け出して、私たちは夜のテラスへ出た。
月が綺麗だ。
かつて『月光バニラのムース』を二人で食べた夜を思い出す。
「……ふぅ。やっと二人きりになれたな」
ジークフリート様はネクタイを緩め、私を壁際に追い込んだ。
その目は、完全に「捕食者」のそれだ。
「さあ、レティシア。パーティーの料理はあらかた片付いたが……俺にはまだ足りないものがある」
「あら、あれだけケーキを食べたのに?」
「別腹だ」
彼は私の耳元に顔を寄せ、低く甘い声で囁いた。
「今日の『本当の』デザートは、何だ?」
その問いかけに、私は数年前と同じように、でもあの頃よりもずっと自信を持って微笑んだ。
彼のネクタイを指で引き寄せ、背伸びをする。
「今日のデザートは……」
彼の唇に、私の唇を重ねる寸前、とびきりの笑顔で告げた。
「……私、です」
「……いただきます」
月明かりの下、甘い吐息が重なる。
パティシエ令嬢と魔公爵の、甘く幸せな「食事の時間」は、これからも永遠に続いていくのだった。
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