PM10:30 「UNIT ENCOUNT」side: winter
少女は仮初めの名を与えられた。
任務の最中だけに与えられた冬の名。
過ぎ去る季節のように、一過性の名だった。
化学混合物サイロ跡
瓦礫の中で蠢いていた。サイロが崩壊し、巻き込まれたプラットフォームが私に被さる。
幸い、崩れた建屋の隙間に伏せ、直撃は免れた。
外傷は掠り傷程度だが、この状態では身動きがとれない。
瓦礫の間から月光が差し、刀を握りしめて倒れた姿が写し出された。
「ぐ⋯⋯ッ!」
通常の人間ならば途方もない重しでさえ、調整兵士ならば抗うことが出来る。
高電圧で負荷を与え、筋繊維のリミッターを無理矢理解放する。
鉄の山が軋む以上に、それを持ち上げる身体が悲鳴を上げた。それでも、止まる理由にはならない。
僅かに瓦礫が上がったその瞬間に抜け出し、呼吸を整えて辺りを見渡す。
《1 シグナル ロスト》
《2 シグナル ロスト》
《4 シグナル ロスト》
バイザー内の情報で、部隊が既に壊滅的な状況にあるという報せを知る。蒼い瞳に動揺は無い、いずれにしても兵士はそうして死ぬものだから。
原因が実力にしろ運命にしろ、早いか遅いかの違いだ。残った私が彼らの果たせなかった責務を背負わなければならない。
故に、私にとって死者とはただの怠慢者。同情の余地も無い。
何より、標的は目先にいて傷の一つもなく健在だったのだから、尚更だ。
「あれェ生きてら。やるじゃん」
倒れたサイロの上、それは熱を帯びた素足で下ってくる。
歩いていたのは濃霧に包まれた者だった。まるで冬の外気に熱湯を晒したような、そんな風に、白い蒸気を帯びていた。
異様なほどの熱気は、尋常なる人間なら放つことはできないだろう。常識外れの代謝あってのもの。
当人の彼女でさえ、鬱陶しげに蒸気を振り払っていた。
「三人喰うと流石に火照るわ、あっつぅーい」
人員の損害とその発言を照合すると、ただ殺したのでもなく〝喰らった〟ことになる。
袖無しのベストに短パンと、この時期にして場違いな薄着は熱に対する脆弱性の現れだろう。
これに関しては情報の通りだった。問題は、想定以上に標的が〝粘菌〟を意のままにしていたことにある。
私が見上げたその女は、歯を剥き出しにして三日月のような狂笑を浮かべた。
──反射的に刀を構えた刹那に、投石器さながらの機動で触腕を駆使し迫る。
「腹八分目。アンタが最後だ、どうする? デザートになりたいか、それとももうちょっと遊ぶかよ?」
「排除、します」
「無理しない方が良いんじゃなーい?
食うモンは食ったしさぁ、もっとイイコトしたいよねェ」
何を言っているのか分からないが、その時の女は自分の下腹部に手を当てていた。私のことを舐めまわすように、かつ、目配せをするように見る。
そのような生理行動があるとはブリーフィングに無かったはず。何にしろ、付き合うつもりは毛頭ない。
「貴女の言葉に強制力はありません。ご容赦を」
「あーん、フラレちった!
じゃ、やりますかネ。企業のワンちゃ〜んッ」
初撃の防御から始まった第二戦。どちらも疾いが、その性質は大きく異なった。方や電撃を彷彿とさせる直線的な爆発力、相対する殺戮者は、予測不能の曲線による緩急で舞う。
超人的な両者の戦いは、常人では追いきれない高速の空中戦闘にまで広がり、刀が雷光に代わって煌めく。
一閃につき三撃。相手の投げる瓦礫を粉微塵に斬り、砕き、刀の間合いに競り込む。余裕綽々とした顔に目掛けて振り下ろす。
しかし、すんでのところで避けられ、また反撃の拳を喰らう。私の刃はずっと届かない。
〝刃は直に振るわねば解らん〟
どうにもあの侍の言葉が脳裏に浮かぶ。
月下に舞う戦闘が停滞した時、どこからともなく銃声が届く。
また知らない声が投げかけられた。
「そこまでだ」
言葉の通りに私も女の手も止まった。結果的に命令に従えど、それは驚きの表れとして成っただけだが。倒壊した建物の影に声の主がいた。
拳銃を構え、緑光を放つ旧式のヘッドギアを装備した⋯⋯民間人、傭兵?
何れにしても封鎖されたこの汚染区域には似つかわしくもない、クロームも剥き出しの義手を着けた、奇妙な男性だった。私が余計な言葉を発さない代わりに、彼女が疑問を投げかけた。
「んだよ、また企業の輩?」
「ただの通りすがりだ。悪いが、その坊主には死なれちゃ困る」
「ボウズ〜? ……ああ、こいつ?」
一瞬、誰のことを言っているか分からなかった。彼女が私を親指で指すと、やっと私は納得する。
貧相な身体のことだ、きっと男に見えたに違いない。
義手の男は照準を私に向ける。数秒の間を置き、再び発した。
「おい、そこの。IMUTHESの〝調整兵士部隊〟で間違いないな?」
「────」
どうして知っているか、はたまたどうして〝死なれたら困る〟のかも疑問だった。
疑問の連鎖ばかりだが、決した意は変わらない。〝知っているなら処理する他にない〟と。
電圧を高め、足に力を込める。
この一瞬で斬り伏せる腹積もりだった。だがそうなる前に、また妙なことが起こった。
聴き慣れない音色が聞こえてくる。
音楽。浮つくような歌と、電気モーターの駆動音が近付く。
《────♪》
崩れたサイロを飛び台とし、空高く漆黒のバイクが現れる。
空を切り裂いたのも束の間。バイクは義手の男の方角に向かって着地し、華麗なドリフトで静止した。
赤い光を灯した黒い影。
あの侍が言っていたサイボーグか。
ハンドルから手を離し、一切の臨戦態勢にもならないその姿。
緊迫するこの場で、誰の目にも挑発的に映る。特に義手の男は、警戒を解かずとも、肩を竦ませ、呆れた素振りを見せていた。
私からしても、その二人の振る舞いはどうにも意味深に見える。
「あのジジイ、どういうつもりだ」──と、隣で苛立ちながら笑みを浮かべた彼女も含めて。
「次から次へと、面倒くせェ」
「手間が省けたな」
『待機中』
「⋯⋯」
四つ巴。それぞれ顔を見合わせる。
拳の鳴る音が一つ響き、銃を構えて様子を伺う影も一つ。
バイクに跨ったまま無言を貫くバイカーと、それら全てに殺意を研ぎ澄ます兵士が一人いた。




