PM09:40 「雨に唄えば」
《───♪》
⋯⋯帷の張った聴覚の中に、何かが聞こえた。
前時代のメロディ。絶望の淵に流れるとかえって不気味に感じるような、陽気で足取りの軽い音楽。
まるで熱病に浮かされた演者の気分に仕立ててゆく。
俺だけではない。その場の誰もが音色に気付いて手を、足を止める。
皆に聞こえていた。機械仕掛けのミュージカルが。
《───♪》
赤い光が一つ、廃工場の外の暗闇から近付いてくる。
伴っているのは陽気な歌の他に、砂利を踏み潰してゆくタイヤの回転音。
エンジン音の代わりに電気モーターの静音が、まるで冷気を彷彿とさせる無機質の低音を出していた。
攫った子供を担ぐ男達が吹き抜けの廃工場の外に目を向けた。
────その時、それは姿を現した。
真っ黒なバイクに赤い残光が流れ、特徴的な大型のロケットカウルが、今よりももっと未来的な技術を思わせる。
乗り手はもっと異様だった。
バイクよりさらに黒く厚いバイカージャケットと、頭部は、フルフェイスヘルメットがそのまま小型化したようなデジタルプレートを備える。
楽曲の音声波形が、頭部のプレートに表示されていた。
《───♪》
「⋯⋯お前が昼間言ってたバイク乗りってアレかよ?」
「違ぇよ。あんなのじゃない」
「おいテメェ、どこから湧きやがった」
バイカーが工場の入り口あたりで止まり、バイク側面の収納機構からこれもまた漆黒の、大型の銃火器を取り出す。
ヴェンデッタ───俺でも見たことがない形の武器には、確かにそう刻まれていた。
取り出した矢先。構える間もなく男達の一人が、あの奇妙な銃よりもずっと小さなSMGを乱射して、彼を蜂の巣にした⋯⋯その筈だった。
皆が目を疑っただろう、バイカーの身体はおろか、そのジャケットにも穴の一つと空いていなかったのだから。
《─── ── ───》
歌がブツ切りに、終に止まる。
薬莢の落ちる音が無数に広がった後にあるのは、絶句。
『処刑を始める』
無声、あるいは無音。死神は音では語らず。
そのプレートには罪人への〝判決〟だけが示されていた。
廃工場に突如として現れたバイカー⋯⋯ライダーへ、男達は一斉に銃弾を浴びせる。
辺りに散乱する薬莢が、地に転がった子供達を覆い尽くさんとする度に、子供は身を捩らせて塞がった口から必死に唸り声をあげた。
だが黒尽くめのライダーは退かず、寧ろ堂々と立ったまま相手方の弾倉が空になるまで受け入れる。
プレートから跳ねた弾が明後日の方向に飛んでゆくあり様。硝煙が溜まりに溜まっても、一切の傷を負ってなどいなかった。
(戦闘用サイボーグか⁉︎ あんな装甲一体どこで⋯⋯⁉︎)
ドラム缶の陰にて、その驚異的な防御力に目を見張った直後に、誘拐犯らの一人の上半身が消し飛ぶ。
〝赤い熱線〟が通り過ぎた。ライダーが手にしていた奇妙な砲口からだ。
血を焦がす臭いが辺りに充満する。
「あ、ああ、お、おい」
「ふざけんな! 話と違う──」
「撃て! ぶっ殺せ!」
熱線がもたらしたのはただ一人の死だけじゃない。
射線上の全てを焼却し、残り火が引火を始め、熱された廃金属が赤く灯って転がる。
次々と応戦を再開する男達にライダーはあくまで大股で歩み寄り〝重鉄のような足音〟を轟かせて、近づきざまに一人の顔面を殴り込んだ。
すると〝爆発〟
ライダーの黒鉄の拳と生身の顔面が接触をした途端に、爆炎が生じる。
次の標的に顔を向ける背後、先に殴られた誘拐犯には既に、頭が残っていなかった。
この殺戮を傍観する理由も無かった。
ここに自分の娘はいない、あの子供達を助ける利点もどこにある。
目的を最優先とするならここで汚染区域を撤退すべきだろう。
時間の無駄だ。
──そういった考えが脳裏を過った時に、自分の口元を抑えた。
〝そんなこと、自分の娘の前で言えるのか?〟
あそこに倒れて苦しんでいる少女が自分の娘だったら。
火の手に抗えず死を待つだけの姿がアメリアであっても、言えるか。
殺戮の最中、血を浴びて藻掻いている子供達に「時間の無駄」だと吐き捨てることが出来るだろうか。
「言えるか⋯⋯!」
結局、自己満足だ。
言葉が洩れ出るより先に、陰から銃を構えていた。
二名、その惨状の中で比較的冷静な人間がいる。
ヘリから降りてきた武装兵士、その二人だけが反撃もせずに駆け足で外に向かっている。
拳銃の照準はまさにその兵士に合い、足を撃ち抜いた。
「撤退しろ! 本隊に連絡を──ぐっ!」
「ステルス⋯⋯ステルスだ! 敵は他にもいるぞ!
奴は光学迷彩を起動している!」
この乱戦で見破られたこと自体は予想外。
舌打ちこそしたものの、今となってはどうだっていい。動かなければ無垢な子供が焼かれてしまうのだから。
真っ先に火に囲まれた子供を二人担いで工場の入り口辺りに下ろした。
子供達の親指を結んだ結束バンドを解き、避難を叫んで、また火中へと向かう。
察知した誘拐犯らの数人は俺に向けて発砲を試みるも、その矢先にライダーの熱線に〝焼失〟するか、あるいは消音拳銃の小さな発砲音と共に倒れてゆく。
ライダーは気付いているだろうか、不思議と、あの攻撃の手は自分の元までは届かない。
鉄火を掻い潜り、ヘリの後方に躍り出る。
銃撃から逃れた一人が先に後部ハッチより駆け込んでおり、その足元には運び込まれた四人の子供もいた。
足音と共に武装兵士が小銃を構える────射線上には子供。
その引き金は引かせない。
駿馬の勢いで前面に飛び込んで義手で銃口を塞ぎ、それと同時に兵士の頭を撃ち抜いた。
「落ち着け⋯⋯大丈夫だ、助けに来ただけだから」
唸る子供らは容易に近付かせようとしなかったが、光学迷彩を解いてゆっくりと枷の方にナイフを回すと、次第に彼らは鼻息を静まらせていった。
その背後、工場内で響き渡っていた銃声が止む。四人の子供──一人は意識を失っていたが──の安否を確認する。
「その子は俺が見る」
「ここから離れろ、後で探す」
そう言って、再び工場の方へ向かう。
炎の揺れる音。黒煙が混じり始めていた屋内には、既に死屍累々が築かれた上⋯⋯
黒い塊。あの死神は未だに健在だった。
「どうかお慈悲を!」
最後の1人の声だ。
視界には、熱された鎖を手に、死に体の人間にゆっくりと近づいてゆく背が写った。
『悪いが慈悲の心は持ってない』
身体を引きずる男の首に鎖が輪として掛かり、皮膚が焼ける音、それを掻き消す絶叫も響き渡る。
容赦と言えるものはまるで無い。
罪の対価を迫るように、じっくりと苦しませていた。
やがて鈍い骨折音が一鳴りすると、抵抗の動きも掠れる声も炎の中に沈んでいった。
「お前は?」
呼びかけと同時に、ライダーが振り向きざまに片手で砲口を向ける。共に構え、円を描くように睨み合いとなるが、まだ発砲にまでは至らない。
ライダーの目的は罪人の処刑のみが目的だったのだろうか。攫われた子供に手はかけなかったが、かと言って助けるためだという様子でもなかった。
真実、その砲口に刻まれた「復讐」の字通りなら、確固たる復讐こそが正義だったのか。
「そのプレートの下は髑髏か」
『⋯⋯』
考えてみると、俺を殺すつもりなら、このバイカーは既に撃っている筈だ。
この睨み合い自体に意味はない。この銃とて、効かないのは明らか。ならばと、意図や経歴を探るつもりだったが、それも叶わない。
不意にライダーの頭に、赤い文字で《CALL》と写った。すると、砲口を下げて背を向ける。
《⋯⋯ ── ──♫》
炎の先に向かった影は、また陽気な楽曲を流し始め、黒のバイクを駆って行方の知れぬ身となった。
遅れて工場からその背を見送った俺も、赤い光が工業地帯の闇に消えていった後に深い溜息をついたのであった。




