PM09:10 「ゾーンS潜入」
細やかな雨も遂には止んだ。
これは好機だ、雨中での光学迷彩は視認性が上がってしまうし、屋内に移った時には痕跡を持ち込むも同然になる。
(頻繁に往来があるな。それも、バイクが通るだけの余裕がある)
侵入禁止区の内外を隔てるフェンスも、その裂け目の大きさからして意味が破綻していた。
人が通ったために出来たと思しき砂利の乱れ。
こんな工場の火災現場跡に用があるなど精々がゴミ漁り程度だろうが、それを件の企業のような連中が見逃しているのも不可解な話。
思わず裂け目の前で考え耽ったが、徒歩で車両を追うのは骨が折れることこの上ない。
結局バイクを走らせたままそこを通り過ぎたが、警戒は継続。
複数台のバンに距離を開けて尾行する。
目標が小さな吹き抜けの廃工場の内部に停まると、自分も近くの、錆び付いたフォークリフトの物陰に隠れるようにして停車した。
じめっとした霧が漂う中、工場からは車両のライトが伸びている。
遠目に身を潜めながら様子を見て、意を決しバイクの前に立つ。サドルバッグを開け、小型のアタッシュケースを取り出した。
一緒に押し込まれていた娘への贈り物が目に留まる──胸にわだかまりが滲み出しそうになり、瞼と一緒に閉じた。
「⋯⋯」
手早くロックを解錠。
ここから今後の手札が露わになった。
鈍く黒光りする自動拳銃。
側面に彫られた銘は「スマートポイント」
9mm口径、フラッシュライト装備。17発と予備弾倉の3つで計51発までの余裕はある。
使わないに越したことは無いが、日中での銃撃から相手はSMG以上の武装をしている事は分かっている。
こちらも最低限は持ち合わせていなければフェアじゃない。
ケースの底を更に取り外すと、ここには角張ったサプレッサーと厚いナイフがあった。
国境の検問然り、検査で見つかると色々と質問攻めを受けることになるので平時はいつも隠していたわけだ。
《認証確認、同期を開始します》
《残弾数 0 》
《速度 0Km/h》
《対象 圏外》
握り込んだハンドグリップにて生体認証を行い、ヘッドギア内と連携、二重安全装置の一段目が解かれる。
次いで機構の張られた銃口にサプレッサーを近付けると自動的に吸着され、小さく鳴った音が装着完了の合図となった。
《残弾数 17》
───弾倉を挿入し、スライドを引いてチャンバーチェックに移る。初弾の供給を目視すると、スライド後端を叩いて完全に閉鎖したことを確認。
ヘッドギアのHUDにサイトが投影されたところで、鼻で深く息を吐いた。
認証からここまでで8秒。体感では長く感じようと、経験値とアドレナリンの重ねがけが実時間に効率的に作用される。
「ん⋯⋯⁉︎」
ケースの収納を終えたその時、明らかな異音が聞こえた。
咄嗟に銃を構えるが背面や側面でもなく、頭上からローター音らしきものが響く。
⋯⋯それがただのヘリなら話は簡単だが、問題はその距離と飛影。
風圧を体感し始めるごく僅かな飛距離で、初めてその正体が光学迷彩を使用した〝ステルスヘリ〟であることに気付く。
恐ろしい静音性だった。戦場慣れしている自分が察知できないほどに優れている。
暗視モードを熱探知モードと併用させて、青く冷たい機体の輪郭が辛うじて見えたが、その飛影は目前にある廃工場の対岸に着陸したようだった。
嫌な予感という表現も足りない。
足音を気にするよりもまず建屋の壁まで駆け寄って行き、自らも光学迷彩を起動しながら吹き抜けた内部へ入り込む。
「…んでよ…その薬キメたら、見たことないぐらい白目剥いて喘いでてよ…」
「ああ? どこのだそれ? 教えろよ」
並ぶ六台のバンの列。そのライトに照らされる対面には十八人の男達の中から教育にも悪いような話や、ちらほらと愚痴も聞こえてくる。
特にバンの後方に身を潜めていたジャックにも身に覚えのある話がある。
「くそ⋯⋯お前があのバイク野郎にぶっ放したお陰で、俺の一張羅がお釈迦だ」
「だから謝ったろ、今回の金で買い直せばいい」
全員、暗い色で統一されているとはいっても格好自体は不揃いで、それぞれ自前の服なのだということは分かる。
若く力強い声だったり、不安定な壮年の声も聞こえていた。
しかしいずれも本人らがプロというような空気ではなく、寧ろ寄せ集めもいいところか。
(こいつらは下請けだな)
もうそれに構う必要はない。
優先順位は明確に、窓ガラスの割れているバンだ。
ここでは足音も控えて慎重に、列の最前にある車両後部にたどり着く。
塗装にめり込んだトラッカー弾をついでに回収しながら、気付かれないタイミングを装って後部座席側のドアを開けた。
(アメリア⋯⋯? 聞こえるか?)
ヘッドギアの音声出力には頼らず、取り外して後部座席に倒れていた影に、肉声を囁きかける。
反応が無かった。
暗い上に背中を向けて縛られており、顔もよく見えない。
それよりも、あの娘はこんなに小さかっただろうか?
一年に一回に会う程度の頻度とはいえ、アメリアの年齢には似合わない背格好をしている気がする。
⋯⋯もっと近づかなければ確証が持てない。
「アメ⋯⋯」
車両に片足をあげて乗り込み、彼女の肩に手を掛ける。
どうも、その肩は細すぎる気がする。
彼女を出迎え、抱き上げた時の感覚とは違った気がする。
この髪色は、俺たちの金色とは異なる気がする。
────いや、違う。
「⋯⋯誰だ⋯⋯⁉︎」
これは、アメリアじゃない。
どうして一瞬でも見間違えた?
それとも、実の娘の成長を間近で見なかった報いがこれか?
顔を見ても違った。口をテープで塞がれた〝ただの少女〟は、困惑した様子で俺を見返すだけ。
悪意の無さを読み取って、その子が唸り声で助けを求めても、呆然とするあまり一切の返答も出来はしない。
髪色が違った。アメリアの髪色は、俺とイザベラの娘の証として薄い金色を授かった。
背格好が違った。アメリアの背丈は、俺が見ないうちにみるみる大きくなっていった。
瞳が違った。アメリアの眼は、俺と同じように蒼い輝きを継いで生まれた。
⋯⋯何もかも違った。では俺は何を追っていたのか?
追跡の道中でくすねた、管理センターのカメラ映像は確かだったし、ここに来るまでに何処かで降ろされた素振りが無かったのは確かだ。
見落とすわけが無い。わざわざ時間を割いてまで、道端に止まって凝視していたのだから。
「時間だ、〝アイスキャンディ〟を運べ」
感情の無い声が聞こえる。
咄嗟にヘッドギアを被り直し光学迷彩を再起動、唸り続ける少女を余所にバンから身を引いて、錆びついたドラム缶の後ろに隠れる。
ぶつくさと言葉を垂れる男達とは別に、明らかにバンの運転手らとは異なった武装兵士が二人だけ立っている。
十中八九、先のステルス機から降りてきた人間だろう。
六台のバンの後部が開放されると、下請けの男達は〝アイスキャンディ〟と呼ばれた子供達を担ぎ上げ、ヘリの方へと向かう。
六人とも違う。あの娘じゃない。
一台につき一人の子供が誘拐されていたのか。
そしてその大半はアメリアより幼い少年少女ばかりで、大きくても十三歳前後に見える。
十七歳の彼女にはほど遠い。
子供達が運ばれてゆく光景を、俺は見ているだけだった。
何も思わず、胸の中は渦巻いているだけだった。脚をばたつかせて暴れ、男の肩から落とされて、幼子が蹴り入れられる姿を見ても、助けることはなかった。
耳鳴りが酷い。何もかもがくぐもって聞こえる。
手掛かりが無ければ、次はどうすれば良い? アメリアの携帯はとっくの前に電源が切られていてGPSも効いてない。
もう一度、今度はリヴァーラインの全域のカメラを洗い出すか?
そうしているうちに彼女がどうなるかも分からないのに?
⋯⋯手詰まりか?
ここまで来て、何の意味も無かったのか?
イザベラにどう顔を見せたらいい?
時間は常に限られている。脳内に秒針を刻む音が長く、長く響く。
だというのに、身体は錆びついたドラム缶の裏手で、ずっと滞っていた。




