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PM08:50 「ブランクがあるとは思えん」


 レインシティ旧工業地区


 雨の勢いも弱まり、都心から外れた北東の、人気のない工業地区を見下ろしていた。

 目的地を前としてここは高所、前方下に広がる、フェンスに囲われた廃墟群がよく見える。



「ゾーンSって?」


 ヘッドギアを被って偵察しながら、電話を通じて情報収集を試みていた。

 通話先はイザベラ、署前で別れた彼女はレインシティ空港からサンフランシスコの自宅に一直線に帰宅を済ませていた。


『旧工業地区、当時はノースベルトって言われてたの。

 3年前の反社会的組織の犯行によって、企業の化学研究所が爆破された事件の土地』


「3年前⋯⋯あの時俺はイラクにいたな。ちらっとニュースで聞いた気がする」


『テロ活動に加えて化学汚染、それで一区画を丸々封鎖したのよ。

 シアトルどころかバンクーバーも近いし、国際問題になってないのがおかしいくらい』


「その研究所の元締めがIMUTHESだった?」



 短く応答した彼女の声を聞くと、思索に浸った数秒の沈黙が流れる。

 ガードレールに向かって突っ伏した俺は溜め息をついた後、続けて言葉にする。


「バンがそこに向かってるなら⋯⋯いや、それより汚染はどうなってる」


『企業の公式発表では───ダイオキシン類、PCBや重金属に有機溶剤系⋯⋯研究所敷地内は放射能も確認されてるって⋯⋯』


 淡々とした電話先の声が、やがて声の詰まりを見せ始めた。


『ねぇ、あなた』

「まだ行くと決まったわけじゃない。

 件の企業が関係してるって決めつけるにも早計だろう?」


『⋯⋯そうね』


 プロフェッショナルである俺たちの間にも、夫婦としての危惧と、それを慮る言葉が交わされる。

 だが一方の俺は配慮の声とは裏腹に、些細とも言い難い嘘を重ねた。


 実際はもう殆ど分かりきった事だった。自宅にいる彼女を安心させる言葉が、偽りに染まってゆく。


 幾つかの応答の末に「愛してる」と、愛の言葉で通話を切る。

 ヘッドギア内の顔は罪悪感で歪んでいた。


「止まない雨はない、か」


 呟きは空に向けられ、表情筋を意図的に押し殺す。この先に要るのは愛情ではない、頭を冷やせ。



「IMUTHESのPMC部門」


 ヘッドギアのズーム機能を駆使し、工業地帯の関門に注意を払う。車両のライトが、フェンスを煌々と照らしていた。


「さっきのバンだ。窓も割れている」


 HUD端に提示されたマップに写るトラッカーが確かに視界の情報との一致を示していた。

 根拠として、アメリア誘拐直後、追跡時の銃撃を受けた際の痕…車両左手の運転席側の窓ガラスが割れているのも、僅かだが確認が出来ている。


 運転手と思わしき男は暗いジャケットとフードを身に纏い、専用の装備を纏うPMCの私兵に、まさにその窓ガラスの破損部分を指差して何か訴えていた。


 遠方の会話が進んでいるが、そのバンの後手に続いて新たな車両が数台現れる。


「…六台…全て同型の車種か…」


 不可解なことだ。もうただの誘拐ではないことが明白になってしまった。

 同じ車両、PMC私兵と言葉を交わす姿、そして何よりそのような現場に現れている事実こそが、状況を更に更にと複雑化させている大きな要因となっていた。


「正面は面倒だな、北東から入ろう」


 北東側のフェンスには裂け目があった。こうして見て思ったのは、ここは汚染区域にしては異様にも思えるほど警備が薄い。


 本来こうした場には監視ドローンやカメラが最低限は配備されているものだが、旧ノースベルトの実態は正面のゲートのみの警備しか成立しておらず、あろうことかフェンス各所には侵入の痕跡が多数残っている。


 この状況はあまりにも不自然だ。訓練された見張りも無く、侵入を誘っているとしか思えない。胸にはわだかまりが芽生える。


 ただ、だからといって侵入を躊躇う余裕はなかった。バイクのライトを切り、代わりに暗視モードを起動してアクセルを回す。

 既に、バンはゲートから進行を始めていた。



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