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PM05:00 「ワイルド・スピード」side: Jack

リヴァーライン警察署内



「⋯⋯はい」


「奥様が来られたことですし、もう一度状況の整理をさせていただいてよろしいですか?」


「⋯⋯はい⋯⋯え?」



 取調室の扉が静かに傾き、イザベラの姿が露わになってゆく。


 防音で遮断されていた外界と、その僅かな数秒のみ再び繋がりが得られて、慌ただしい警察の無線連絡が俺の耳に入り込んだ。

 その仔細、内容までは分からずとも、レインシティ警察の激動が起きているのは確かだった。


 ロビーから簡易聴取、取調室に移ってからここまで実に三十分が経っていただろうか。

 バイクとそのバッグ内の拳銃検査も含めてスムーズに事が運ぶが、一方でアメリアを連れ去ったバンの行方は、未だに情報と呼べるものも警察に届いていない様子。


 担当警官の対岸に座るイザベラと俺は、電子調書の整理が行われている合間にアイコンタクトを交わす。


 エンターキーを押す一際大きな音。

 そこで、俺たちは同じ動作、同じタイミングで若い警官の眼を真っ直ぐ見た。



「本日の午後3時50分頃、リヴァーライン通りのコーヒーチェーン店にご家族の三人が来店されたとのことですね。

 一年ぶりの再会とのことで、旦那様が予め購入されていたパーカーをお嬢さん⋯⋯アメリアさんに渡した」


「エレクトリック・シープ。水はけが良くて可愛いって、若い子には人気だったみたい」


「それでアメリアさんは外に」


「ええ⋯⋯雨に当たりに、店の前へ飛び出して行きました」



 おおよそ都市への来訪の理由もアメリカへの帰国経路も情報提供を済まされている。

 その辺りは先んじた自分の計らいで、そして後から合流したイザベラとの辻褄合わせで違和感を完全に消す。


 無論、虚偽の申告などはしていなかった。アメリアが一人で店外に出ていた理由も、少なくとも二人から見た事実。

 バイクを走らせ、誘拐犯に迫ったこともしっかりと伝えている。


 ⋯⋯ただし、虚偽と隠蔽は異なる。電子調書の端末から犯行場面やその後の追走劇を若手の警官が見ているところで、イザベラは俺の左腕に視線を向けていた。


 端末のスピーカーからは、バイクタイヤの叫びと金属が擦られる音が響く。

「えぇ⋯⋯」と、警官の口から困惑の声が漏れていた。



「防犯カメラの映像を確認しましたが⋯⋯失礼、ジャックさんのご職業は?」


「⋯⋯民間軍事会社で勤めています」

「今は専業主婦です。一応、以前は探偵業に」



 追うように自らの経歴も付け足したイザベラの言葉を聞くと、担当警官は妙に納得したような素振りで端末に向き直り、新たな一文を付け加えてゆく。



「PMCに探偵、なるほど道理で」


「…大規模な戦闘よりも、小回りの利く方の仕事が多いんですがね」



 謙遜ではない。実際に大規模な作戦は行うこともない。

 民間軍事会社と言っても完全な嘘ではないが、警官が思い浮かべたような一般のイメージとは随分とかけ離れた実態がある。それをむざむざと話す理由は無い。


 しかしそれだけでも良い。この経歴はただの被害者としての証言よりずっと価値がある。

 PMC型特別ライセンスの拳銃許可証も、実際の職務経験として残っていたイザベラの探偵業も、これらの発言を裏付ける条件を満たしていた。



「相手は武装していました。銃声からして恐らくSMGの類いだが⋯確証はありません。

 窓は全面にスモークフィルムを貼られていて、外からでは詳細が分からなかった。

 ⋯⋯アメリアの安否も、その姿も」


「確認しています。あの距離で撃たれてかすり傷一つ無いのはかなり幸運な話でしょう。

 …その銃撃でジャックさんは追跡を諦めた?」


「それは私が止めさせたんです。

 夫がバイクで追っている間に、私も通話をしながら状況を把握してました」



「英断です、奥様」──警官が頷く。

 その不幸中での少しの称賛は、むしろイザベラの表情をむず痒いものにさせた。


 警官の眼が及ばない机の下で彼女が俺の右手に掌を重ねるも、娘の屈託のない笑顔がフラッシュバックで現れる。

 鉛のように重い視野を下ろし、妻が触れていない左の手に握り拳が現れた。



「───追跡は、止めました」


 その拳と腕は、あの時の銀腕とは異なっている。



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