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PM04:00 「Meme.Gene.Sense」side: ???


 少女は暗い回廊に立っていた。

無機質で、床から照らされる点々とした光源が伸びている。


 少女に名前は無かった。

名前は、記号と数字の羅列だけで完結させられていた。


その少女は、短い黒髪だけが特徴の、幼き兵隊だった。



 某企業管轄訓練施設


《スコア 27》


 機械仕掛けの戦場。架空の敵を切り裂く。

 砂塵の舞う紛争地域を舞台として、無意味な殺意を抱くゲリラ兵が小銃を乱射し尽くす。


 何処か現実味がない戦いの中で私は刃を滑らせていた。スカーフに巻かれた兵士の首を断ち、時には無抵抗の負傷兵にすら手をかける。


 刃の重さも血の匂いも感じる。その体験が現実感と乖離させていたのは、私の知らない日常そのものが舞台であったから。


《スコア 31》


 知らない土地で、知らない戦いで、だが何処かに似たような出来事が有ることだけは知っている。


 変わり映えのしない殺戮は、どれだけ敵の頭数を揃えれば変わる? 何時になれば殺される?

 きっとそれは、この〝戦闘データ〟の持ち主ですら預かり知れないのだろう。


 夥しい屍を築きあげたと思えば、次の瞬間にはそれもデータ処理として消える。弾幕も浴びず、一斬も受けず、殺した結果だけを受け取る。


 そうして私は、次の標的を前にして構えることなく一歩を踏み出す。


 ───その瞬間、袈裟に斬られる予感がした。

 初めて、現実感のある死を感じた気がする。



《VRトレーニング終了》



 突如として仮想の訓練が幕を下ろす。プレイヤーとして死亡ロストしたのではない。外部から終了させられた。



「構えろ」


 データの空間から神経が切断されると、本来ここにあった筈の感覚が現実から声を聞き取る。

 視覚を覆っていたヘッドセットを僅かに上に傾けると、ぼやけていた目の中に奇妙な姿が入った。VR訓練の中断はその影の所為か、あるいはその一声も訓練の一環?



「……」


 面頰に兜、現代の鎧武者のような装備。目の前にいたのは、黒鞘を携えた一人の侍だった。


 私の記憶にはいない人物。だが剣を振るえと言っている。戦う理由を欺くなと、暗に示している。

 だから、仮想空間の中でもずっと握りしめていた電刀を下に構える。黒い刃は蒼の電流が走り、回廊下の白光に照らされた。


 侍も応えた。正眼に腰を落として抜いた刀を私に向ける。刃にはゆらりと、血のような紅の紋様が浮かんでいた。

 戦う者が同じ者を試すのに、言葉は要らない。

 呼吸の都度、僅かに動いていた侍の胸が赤刃の抜刀と同時に止んだ。


 その刹那、雷電が迸る。


 残像より一閃、次いで別の角度から二閃。

 いずれも雷のように疾い。空中から弧を描く斬撃、あるいは背後から心臓を穿たんとする刺突。そして後にも続く剣戟。

 だがそれら全てが微動で躱され、弾かれる度に、また無為に還る。私の方が速いはずなのに、先回りされる。



「────」


「ッ───」


 コンマ何秒かを測る程度の暇で、考え至った。

 アレ(VR)はこの人の記憶か、と。

 血の飢えも、孤高がゆえの虚無も。

 プログラムには無いだろうに、あの状況だけが自ずと追体験させられた。それに何を思うのでもなく、今は私の目に虚ろだけが写る。


 一打ちする度に、手応えの無さと、鉄のような不動を前にする感覚。遠いのか近いのかも分からないほど、感情を抑制された筈の身に小さな苛立ちが芽生える。

 飄々と舞う自分とは裏腹に、侍は地に足を着いたまま見定めていた。けれど私にはそれが分からなかった。

 大きく跳ね退いて、せめてもの一矢を切り出す。



電圧上昇(ライジング)


 ────奔る。時が止まって尚、電流が駆け抜けるように感覚だけは動いている。

 何も顧みぬ一歩で身体が大きく前に進む。その先に在ったのは不動の侍。

 妙だった。その手に刀は無かった。気付いた時には、私の胸に掌底が迫っていた。



《深刻な衝撃を検知。電圧を平常値に降下》


 めくるめく情報量の襲撃。私自身の運動エネルギーが応報として直撃する。肺の辺りが嫌な音を立てながら、大きく吹き飛んで転がる。

 同時に細やかな鉄音が聞こえた。宙に向けていた侍の鞘口に、投げ上げられた赤刃が自ずと収まっていた。


 意識が遠のいたまま、まだ辛うじて足踏みをし、だが五感はもっぱら、肺に空気が供給されないことに緊迫感を生む。

 か細い息を鳴らす。開いただけの口、唾液が流れ続ける。侍は既に私から背を向けていた。



「ニンジャはサムライには勝てないよ。方向性が根本から異なるからね」


 別の声が聞こえた。この声には聞き覚えがある。侍の言葉ではない、もっと軽薄で不可解な言葉だ。

 耳鳴りでくぐもって聞こえるが、二人の男が話していたのだけは分かった。



「あの娘は、中々悪くない」


「基礎能力は上々だろう? 適切な調整さえすれば、生身の人間は戦闘用サイボーグをひしゃげるぐらいのポテンシャルはある。

 長期的に見た場合、それでいて調整兵士の方が低コストで運用が可能だ。あとは、供給面かな」



 会話の背後でよろめきながら立ち上がった私を、白い背広の男──CEOが一瞥する。

 細い呼吸が次第に、肩から荒ぶらせる勢いに変わり、そしてゆっくりと息を整えて静まってゆく。


 身に纏う漆黒のラバースーツ。

 首筋から足首にかけて流れる蒼色の電光が輝くと、大胸部から下腹部の面がきゅっと締めついて強制的に臓器を整えたようだった。


 咽た声を終えて、相も変わらない無表情のまま、靄の取り払われた視界と聴覚に集中した。



「ノースベルトの方で〝例のやつ〟が出たんだけどさ、どうするつもりだい?」


「⋯⋯例とは、あのサイボーグか?」


「いや。女だよ、粘菌の」



 聞いて鼻を鳴らした侍が更に奥へと去ってゆく。その会話に出てきた二つの人物のうち、後者だけは知っていた。

 ただしそれは任務の範疇として、余計な情報はシャットアウトしてだ。侍の態度からするに、後者は彼の求めるものとは違ったのだろうか。


 分からないが、その直後に聞こえた彼の発言によって別の疑問を抱いた。



「この小娘を駆り出せ。刃は直に振るわねば解らん。奴なら、示すだろう」


 奴、どの人物のことを言っているかは分からない。その言葉で、本当に侍は消えてしまった。

 一方で、取り残されていた背広の若々しい男はポケットに手を入れたまま、おどけた様子で私の方に向き直り近付いてくる。



「随分買われてるようだね。君も、彼の傭兵も」


 私はその男に対して、言葉を発する権限を持ち合わせていなかった。黙して、床に落ちていた刀に目もくれず男の前に立ち尽くす。

 男はその態度を見て薄ら笑みを浮かべ、自身が拾った刃に指を滑らせる。柄を持ち、私の死人のような白い頬を、薄くじっくりと切り裂いてゆく。



「〝意志〟というのは〝意味〟を削るほど純化する⋯⋯その末が機械だ。だから、君のような貧者にも需要があるわけさ」


 男が刀を返し、私は深々と頭を下げて受け取った。

 どちらが上なのかは明白。私には反抗の意志を思い浮かべることすら許されていない。

 CEOはそうして踵を返し、侍が去っていった方に硬い靴音を鳴らしながら、回廊を後にする。



「苛立ちを抑えるには我が社のセレクタールを! ⋯⋯なんてね」


 最早一瞥すらも無い。

 手を軽く振りながら消耗品に最後の言葉を送った。



「惑わされるな。人間性は捨てたろう」


「⋯⋯はい」


 すっと冷え込んだ霞の如き忠告。

 それは、生産者と被造物の有り様でしかなかった。



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