AM00:00 「絵札の男」
医務室にて
マグカップを置く音が響いたかと思うと、プロジェクターがみるみるうちに別の資料を提示する。それは、日中のバイクチェイスを捉えたカメラの映像。封鎖区域に至るまでのルート、管理センターに侵入する直前の姿。廃工場、サイロ跡での戦闘。
そこから義手の画像を照合して、どこで漏れていたのかも分からない過去の任務の映像まで、幾つもの資料が自動検索に当たった。
「別に弱みを握ろうとしてるわけじゃないさ〝J〟。ただ言いたいのは⋯⋯君は見るからに歪な人間だということだけだ。私は、嫌いではないがね」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉で、ほんの僅かに、背中の砲口に重心を預けるほどに。
「人と機械の境界は、古今東西どんなSFでもネタになる。でも私が思うに、人というものが元々機械であってもおかしくない。彼を作ってから、ますますそう思うようになった」
「⋯⋯そう。部隊の四人の中で、君だけが義肢を使っているそうだが⋯⋯それは果たして普遍的な徳を目指すものか、あるいは執着なのかね?」
片腕に抱えていたパーカーをその場に落として、持っていた銃を構える。引けた身体の重心を前のめりに、ライダーの牽制を意にも介さず安全装置を片手間に外す。
マッドは、床のパーカーをじっと見ていた。
「自覚が無いわけではない、か」
「もう一度言うぞ、調整兵士を渡せ」
「今のままじゃ渡せない。分かるだろう? それに私を撃つより先に、彼が君を焼く」
「本当に俺が撃てないと思うか」
その時の俺がどんな表情をしたかまでは覚えていない。
一つ言うとすれば、あの映像を見て──特に任務の映像を見て──真に反撃をする間が無いと思うわけがない。自分自身、本当に手出し出来ないなど思ってもいない。
静かに、着実に引き金に人さし指が重なってゆく。背面の砲口からも、何か独特の動作音が流れ始める。
一触即発。しかしどう対処するかは既に頭の中に組み上がっていた。
「良い顔だ、板についてる」
部屋の灯りが戻る。
背後では機構が閉鎖する重い音が響いた。
「もう一度言うけど、まだ渡せないよ。と言うより⋯⋯一人でどうやって連れて行くつもりなのかな」
「冷静に考えてみたまえよ、彼ならともかく、君のバイクにあの子を乗せるのは無理だと思うよ。気を失ってる子供なんてね」
「⋯⋯」
「まあ、とりあえず寛いで行ってくれ。調整兵士の検査もしなくてはね。寝室は埋まってるから、悪いけど、寝るならそこのソファにしてくれ。喫煙はオーケーだ」
半開きの眼で睨みを返す。
パーカーを拾いあげて、ジャケットの内ポケットの煙草に手を掛ける。そのまま手を出さずに踵を変えて部屋を後にした。ブーツが人影を踏んでいった。形だけの人影、ライダーの隣を通り過ぎる。
『何か気にかかる点が?』
「信号が生きていたら不味いからね」
スライドドアが閉じる寸前に聞こえた言葉だけが妙に頭に残った。しかし今それが強い関心を引かせる程でもない。
誰もいない冷たく無機質な通路に立ち、壁に後頭部をつける。手をかけたままの煙草が二度、三度の溜め息でようやっと口に挟まれた。
火種は───左腕の電子ライター。青く細い電流の流れる関節部位に加えた紙巻きが近づき、破裂音が鳴って、葉は赤く灯る。
行き場所なく滞留する煙の波。
そこに曇り空を重ね始める泥濘んだ思考、意味ある考えが飛散を始め、昨日今日の言葉が意味もなく頭の中を過ぎてゆく。
〝あなた、ね? 今日はやめましょう?〟
微睡むうち、胸の中に深く沈み込んでゆく言葉。
SNSに没頭する愛娘を心配した言葉を遮られた時───今日は、今日くらいは止めておこうと、そう言った妻の窘める声に肯いた。
⋯⋯今日くらいは、戦場を忘れていたかった。
一生涯、娘を戦場に触れさせたくはなかった。
あの男のお陰で、嫌でも思い出してしまった。
生きている限りそこが戦場だということを。




