幕間01「羊飼いと羊毛の話」
PM00:30 −誘拐より数時間前−
リヴァーライン通り ショッピングモール
立ち並ぶアパレルを時間を忘れる程度には、長いこと睨んでいたらしい。
らしくはない。自分の私服程度なら安物を掴み取りして、流れるようにレジに放り投げるものだが流石に今回はそうもいかなかった。
日がな一日雨が降る街なら、この場にいる俺も例外なく水を滴らせている。
ふと柔らかい風で寒気がした時、そこでやっとジャケットのヒーターが起動してなかったことに気付いた。
屋内で流れる風となると、はてさて何事か──と振り向く。なんてことはない、若い女性店員が近づいてきてたというわけだ。
「何かお探しですか?」
ありがちなトークだが店員の目線なら、実際あと一押しというタイミング。
いい歳した男がティーンエイジャー層の服をしかめっ面で見ているのだから、売上を狙う店としては腕の見せどころだろう。
「娘の服を選んでるんだ。最近あんまり会えてないからさ、たまにはプレゼントにしてやろうってね」
「こちらの色なんてどうでしょう、映えますよ」
アパレル店員がオレンジ色のパーカーを取ってみせた。偶然にもその色合いはアメリアにぴったりと似合いそうな、太陽のような色をしている。
彼女に合うかどうかでいえばまさにドンピシャ、しかし親心を加味してしまうと不思議とこれが反転する。
「地味な方が良いかな」
「淑やかな方だったり?」
「いやぁ、変な男が寄ってきたら困るだろ?」
本人が聞いたら両の眉を面白いぐらい曲げるだろうが⋯⋯ともかく、そんな独善的な判断だった。
小気味よくあんな色やこんな色を取り出す店員に対し、首を横に振るやり取りを何度か重ねる。
そうして最後に出てきたライトグレーのパーカーに良い反応を貰えたからか、こっちに手渡すなり確認を乞うてきた。
個人的には、これならデザインに文句はなし。吊り下がった値札を除けば「俺の意向には」沿っていた。
(130ドル⋯⋯いや、躊躇ったら立つ瀬が無いか⋯⋯)
脳裏にこんな光景が過ぎる。軽妙な通知音が響くであろうメッセージチャットで、アメリアと交わされるやり取り。
“あのブランド高いからこっちにしたんだけど、良いよな?”
“ケチ。ドの付くケチ”
“ドの付くケチ⋯⋯??”
シミュレーション結果──失敗。やっぱり選択肢は無かった俺は、目を泳がせながら店員の方へと向き直る。灰色に溶け込むパーカーをチラつかせて。
「こぉれにしよぅかなぁ」
「お気に召しましたらカウンターまでどうぞ──」
張り付けたような笑みを浮かべる俺に対して、満面の笑みを浮かべた店員。業務を終えた彼女は、疎らな客の合間を縫うように進み消えていった。
改めて二度三度と値札を見直す度にアメリアのハイキックを顔面に食らったような──そんな暴力振るわれたことないんだが──衝撃を受ける。
別に我が家が特別貧乏だということはないし、はっきりと言えばもうアメリアが働かなくても良いぐらいには稼いでるのだが、それはそうとして金銭感覚のインフレは確実に身を滅ぼす。
倹約というよりも戒律を刻んでいるようなものだ。
「はぁ⋯⋯」
どうせ高い買い物、しっかりと包装をしてもらおう。半端なのが一番格好つかないし。
周囲の若者が向ける不審な目には、歩幅も狭く、背を丸めて歩く中年の姿が写っていたことだろう。




