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PM11:08 「カーネイジ」Side:Jack


「────ッ」


 地に伏した少年兵を見て即座に行動に出る。

 落下してきた刀を義手で弾き、少年兵の首に手をかけた。有効打を与えてなお意識は途絶えていなかったのだ、確実に無力化するにはここで一度〝落とす〟必要があった。

 組み伏せてなお、強靭な筋力で藻掻く少年兵の頸動脈を塞ぎ、意識の途絶を勝ち取りにゆく。緩やかに沈む唸り声を聞き、衣服下に滲む汗が濃くなるのを感じた。


「⋯⋯はぁ、しぶとい奴だ」


 先の戦闘。その決め手は義手に秘められたデコイ機能だった。光学に基づく囮に、まんまと誘き寄せられた少年兵は想定通りに刀を振りかぶる。

 その隙をついて左の鉄腕で殴りつけた……ということだ。

あえて生身の右手、ないし右半身を突き出していたのは義手の作動光を察知されないため。

 調整兵士の攻撃精度とその速度、威力に関しては確かに類を見ないものだった。俺との差を生んだのは経験値だろう。

 刀の使い手に関しては既知であり、俺が知っている剣士と比べると、この少年兵の動き方は直感的に過ぎた。──駆け引きに弱すぎる、それが率直な感想だった。


「⋯⋯まあ、敵に回したくはないな」


 抵抗にあった際、肘打ちを受けた肋骨に嫌な軋みを覚えたしかしそれを気にする間もなく、直後、完全に意識外にあったあの女の動きを察知する。草原から飛び出す豹のような、そういう風に生命を脅かす殺気だ。

 恐るべき速さを持った鞭のような斬撃がヘッドギアの後頭部を掠めた。

 〝何か〟が掠め、そしてその先で瓦礫と共に倒れていたキャットウォークがひしゃげたのを見るに、咄嗟に頭を下げていなかったらどうなっていたのかは考えるまでもない。


「おいおい、ラウンド2だぜ? よそ見すんなよ」

「タオルを投げて良いか?」

「あー、いや。駄目だね! はい、選手入場〜」


 さて、この女に刃が立つかと言われたら、俺はまず「無理だ」と答えたいところだ。

 最初に見た時点であんなものにまともな人間が対抗出来るとは微塵にも思っていない。調整兵士で限界だ、それも既知の範疇である剣術であったからに過ぎない。

 別の得物──例えばこの女のように常識外れの鞭などを持ってこられていたとしたら、正面切って戦うことなど選んでいなかっただろう。

 本当のことを言えば、最初の想定では調整兵士の援護に回ることで先にこの女に対処するつもりだったのだが……少年兵は意識を失っている。

 この現状に舌打ちをした直後、次の攻撃が迫ってきた。

 次の斬撃。前転で枝分かれした触手の間をくぐり抜け、致命傷を回避する。その流れのまま拳銃の火を放つ。


「じゃーん」


 道化のような笑い声が響く。

 太腿に直撃したはずの二発の弾丸が何故か、ギラつく八重歯の内に蠢いていた。果物の種を吐き出す仕草で、死んだ弾丸が飛んでゆく。

 ヘッドギアの下にある顔が密かに悪態をつき、残弾の数を見るやいなや、舌先を出して更にバツの悪い顔をした。予備弾倉はまだある。が、装填する暇は中々ない。

 深く息を吐いて立ち上がる。煌めいた義手の作動光を女は察し、子供のような笑みを浮かべた。


「来いよ、どんなご都合主義を見せてくれんだ」

「野暮なこと聞いてくれるな」


 軽口の応酬の直後、光学迷彩で姿を消す。さらにブーツで駆ける音が、周囲に響き渡る。

 女はその音を辿って見えない姿を、なおも見て追い続けていた。よく見れば塗れた土が舞う様子も有り、そして鉄の瓦礫を踏みしめる音もよく反響する。

 活きの良い玩具を前にしたからか、女は嬉々として近場の鉄片を豪速球で投擲し始めた。

 都度、甲高い音が鳴り響いて足音が掻き消される。発破作業、あるいはドラミングさながらの音律を刻んでゆく。

 そうすることで瓦礫の影から横に駆け抜ける「ジャック」の姿が露わとなる⋯⋯しかしどうにも、奴はそれを見て一瞬で理解してしまったようだ。

 そう、この残影はあの女が求める本命などではない。この「ジャック」が、音を伴わないことが気づかれたらしい。


「あァ──ハリボテか」


 光学デコイ。姿までは誤魔化せても、そこには影と、音が無い。中距離以上の撹乱になるほど技術的な限界が目に見えてくるし、まして超人的な身体性能を持つこの女であれば、看破するのも時間の問題か。

 攻撃の手を止め、立ち尽くした女は遡る。音、匂い、温度を辿る。獲物の持つ服の擦れる音、心臓の鼓動、筋肉と骨の軋み⋯⋯大自然を生き抜く捕食者の狩りをこの女は体現する。

 新たに現れたデコイに一瞬だけ目をやるがそれに対しては一瞬で興味を失ったか、姿を消している〝本命〟の方に近付く。

 まるで獲物を嬲りにゆくような振る舞い、純粋な殺意とは異なった生粋の童心か、好奇の類いだろう。

 瓦礫を一息に踏み越えた音と共に現れた人影。五感に訴える存在感が、女の〝本命〟だと気付かせる。

俺は右手に鉄パイプを持って、一直線に女の元へ突っ込んだ。

 幾度目の笑みを浮かべた女は両腕を紫の肉──広い網状の鞭へと変貌させる。逃さんと言わんばかりに両腕の鞭で板挟もうとしていた。その様子、地上の漁業と言えばいいものか。

 当然、それも確実に死ぬ一撃だ。ぐずぐずの肉片となるのは想像に難くない。

 コンマ数秒の内に迫る屠殺を前にして、再び義手は煌めいていた。

 鉄の掌が開かれる。淡い光、より高鳴る駆動音。振り上げられた、銀の掌底。

 空を滑るように上の半身が前にのめり込む。衝撃波が轟いた次の瞬間、網が閉じられたそこに俺の姿は無い。女は、俺がどこに行ったのかをしっかり目で追っていた。

上。奴の七メートル先、ゆるりと跳躍した自分の姿がある。鉄パイプは義手に持ち替えられており、その右手にはまた拳銃がある。それら全ては重力に従って、空中で放たれた二発の弾丸と共に女の脳天へと降り注いだ。


「へへ──へはは‼︎」


 二発の弾丸は正確に女の頭を狙い撃った。結果としては外れ。この距離にも関わらず、銃弾をも首の動きのみで完全に避けられる。

 一方で振り下ろされた鉄パイプは、女の戻ってきた右腕で防がれる。

 甲高く鉄の音が鳴り響く。

 パイプはというと、女の腕の肉が新たに絡みつき、これでがっちりと固定されてしまった。僅かに引きに回ってみるものの、これが全く動かない。


「いやァ流石にビビったぜ? まともな身体してるヤツがやる動きじゃあねェもんな?」

「──自分が上だと思ってる輩は、あえて受けに来る。避ける必要が無い、自分は死なない、そう思ってるから」


 薄ら笑う女とは対照的に、ヘッドギアのスピーカーから聞こえる声は、いやに冷たい。

 客観的に見ても追い詰められているのは明らかに俺だ。なのに獲物の怯え腰ではなく、〝狩る〟側の声がする。

 それが何故なのか、女には分からなかった。

 それまで天を衝いていた口角が僅かに下向きに降りてゆき、首を傾げてヘッドギアを覗き込む。


「教えておいてやる。それが、俺にとってどれだけ都合の良い話かってのをな」


────義手の駆動音。


「いっ?」


 何かが起こる前に、既に女から声が洩れた。その刹那。義手が発した青白い閃光から、高圧電流がパイプを渡る。

 電光が女の全身までも包み込む。

 生身の人間なら恐らくは死に至るような閃光。思わず片膝をついた女を前にして、ギア越しに溜め息を吐こうが一つの動揺も無い。

 むしろまだ意識のある女に対して、直接頭部にまで鉄パイプを当てにいく。


「存外分かりやすかった。わざとか?」

「この、やろ、う」


 止むことを知らない電流はずっと続き、やがて鉄パイプからは焦げた匂いすら漂ってくる。その時でさえ、片手間に仕事をしていただけ。

 頃合いだ。放電が止むと、女は地面に倒れ込んだ。


「お前さんにも後で聞きたいことがある。そこで寝てろ」


 ⋯⋯沈黙。

 用済みとばかりに鉄パイプを明後日の方向へ放り投げ、ふと俺は、先ほど自分が気絶させた少年兵の方を見た。

 既に意識が回復していてもおかしくない。だが、想像の斜め上をゆく光景がそこにあった。

 ライダーが何やら、まだ失神状態にある少年兵を抱きかかえていたのだ。そのままゆっくりと歩いてくる奴を見て、口を開こうとする。

 しかし、その前に彼が放っていた特徴的な赤のライティングが無彩色になっていることに気付く。疑問から、何か口走ることに躊躇いが生じた。


『──お見事。感動しきりだよ、私は』

「喋れるなら最初からそうすれば良いだろうに」

『フフ。この子のことなら心配はいらない、どうやら目覚めが悪いようだ』


 思った以上に流暢に喋る。俺はその事にも困惑した。

 彼の腕の中の少年兵が、驚くほど安らかな寝顔をしていることにも違和感を覚えた。⋯⋯後者の違和感は、気付いてはいけないような気もした。


『私のネストへ案内するよ、他のことはそこで話す。あとは彼の指示に従ってくれたまえ』


 ライダーは──正確にはその口ぶりからして別の誰かだが──そんなことを話すと、無彩色の光から一転して、最初に見たあの赤いライティングへと戻った。


《操作解除》


 ライダーのインターフェースに文字が走ると、ここからは元の文字による意思伝達の方式。後頭部を掻いて、そのロジックに関心を寄せていた。


『⋯⋯来るか?』

「⋯⋯そうさせてもらおうか」


 ライダーの言葉を承諾しつつ、残った女をどうするかと後ろを振り向く。驚いたことに、無力化したはずの女はいない。

 忽然と姿を消したことに焦りを覚えて辺りを見渡す。すると少し遠目にある給水塔上の縁に、子供っぽい悪態をついて影に隠れてゆく女の背が見えた。


「あの女、まだ動けたのか」

『アレはああいう手合いだ』

「知り合いか? その辺のことも聞かせてもらいたいもんだ。今はなんだって情報が欲しい」


 ライダー自身は、想像よりはフランクだったのかもしれない。

 奴は金属質な頭で頷くと、ひとりでに徐行してきたあのマッドブラックなバイクに跨る。抱えていた少年兵を背負ったまま器用にハンドルを握り、俺が自分のバイクに乗るまで待っていた。


(あと何本残ってたかな⋯⋯)


 疲労が溜まった肩を自分で揉みながら、気づけばそんなことを思うばかりだ。依存症というのは全く恐ろしい。


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