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PM11:05 「サムライ」Side:winter


 この男は弱い。⋯⋯最初にそう判断したのは間違いだった。

 調整兵士は生身の人間である。しかしその肉体は常人を凌駕し、企業の冷徹な任において瞬く間に敵対象を殲滅する。

 決して驕らず、冷静で、そして本社からは〝常に最適の人体〟であると値札を貼られていた──しかし改めて考えるべきかもしれない。

 凌駕してきただけの存在が想定外と面した時、築き上げられた前提は崩壊する。


 今がそれだ。目の前の男は絶え間なく浴びせられる刃を寸分違わずいなし、また〝生存の最適〟を選択し続けている。まるで私の刃を〝知っている〟かのように、男は足を詰めてくるのだ。

 私は思い知った。


「我々の〝最適〟とは停止しているのか」

「しかしこの人物は、常に自己の〝最適化〟を促している」


 最初こそ、分は私の方にあった。数撃のうちは眼前の男も追いつき切れていない様子で、時には地面に泥だらけで転がることもあった。

 ──だが次に立ち上がった時、直前までと雰囲気が微かに異なっていた気がする。

 実際、次からは身体の運び方が変わった。正面から捉える姿勢を崩し、身体の左側面を突き出してくる。

 左は防御面だ。義手は刀に対する盾、そして咄嗟のカウンターに据えられたもの。

 右側面は生身がゆえ、それこそが本命。握った拳銃は牽制からの確殺の一手として備えられた。

 次に足捌きが変わった。最初はまず〝詰める〟ことを第一義としていたのだろう。一息に前面に乗り出すことで余分な時間をとらないようにしていた。

 ──足の運び方は大股から、小出しのステップに移る。これは所謂ボクサー的な挙動、一定のテンポを保ちつつフェイントが混じるようになった。

 総括として────。

 この男は私という軽量級に合わせて、圧をかけるスタイルから翻弄するスタイルに変化している。


「どうした」


 私が刀を下ろして立ち尽くすと、にべもなく男は問うた。返答こそ送らないが、代わりに私は一呼吸を置いて構えを変えた。

 この構え──手を交差し刃を突き出す──は日本の剣術において〝霞構え〟と呼ばれたものだ。一転して防御主体の意向。はっきり言うと攻めあぐねた結果、これが選ばれた。

 攻め手が防御に回るとは本末転倒に近いが、どの道、この男も私を無力化しなければ話が進まない。

 彼が攻める理由もある。


「そうか、考えたな」


 するとどうだろう。彼も構えを変えた。むざむざと義手の側を右半身と交代し、生身の腕を見せびらかしている。

 挑発されていると受け取ることも出来るが時間の経過と共にむしろ一層機械的になってゆくこの男が、そのような意図を持っているとも考えづらい。


(⋯⋯何か裏がある?)


 瞬き一つ許されなかった攻防が、ここで一度停滞した。

 延々と二人の歩みが円を描き、睨み合いがしばらく続いた。

 再開の一手は男から噴き出た。右手の拳銃が火を放ち、当然のように私も追って出た弾丸を弾く。

 妙なことに、この弾の軌道は明らかに直撃しない空間を通り過ぎようとしていた──刀の間合い限界の弾を弾いたのは、反射的なものだった。

 余分な行動を内省した直後に、ここに疑念が生じたのだ。威嚇か、あるいは仕損じたか⋯⋯しかしそれ以上思考を割く理由は無かった。

 初撃は片手で撃たれたが、次の射撃は義手を添えて。そしてその二射目、次の三射目も間合いの際を通り過ぎていった。

 ここまでくると明らかに意図的だったゆえに、三射目に至っては私も防ぐことをやめる。

 そして行動リソースは思考に追い込まれる。

 何故? 何のために? 考えざるを得ない。──その思考こそ油断だったのだ。

 サプレッサーを着けた銃身の乾いた音が四射目を報せる。上半身に直撃する軌道、不意に軌道が変われば否が応でも脳裏は白く染まり、過ぎた力で防御に回る。

 直後、男は突発的に間合いに飛び込むが、追いついた刃が縦一閃と断った。


(手応えが無い──)


刃が通り抜けた。まるで霞を斬ったように、空振った感覚だ。

 途端にバイザー越しに鈍器で殴られた衝撃が走る。カバーが弾け飛んだ流れで、私も吹き飛んだ。


(何が⋯⋯)


 何が起こっているかも分からぬまま、露わになった片目に空を舞う刀が目に入る。雲がかった月光に照らされた刃は、雪のような白色を眩かせていた。


〝あの男なら示すだろう〟


 侍の言葉の意味が、やっと分かった。

 これが、この男が侍の言った者だった。


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