PM11:00 「ニンジャ」Side: Jack
化学混合物サイロ跡
「おい、どっち側だ」
『想像に任せる』
こいつは相変わらずプレートの文字だけで語る。
ここでの対峙は少なくとも、このライダーを除いた俺たち三人にとっては想定外。
サイロ倒壊後、駆けつけた俺が見たものにしても、別働隊の一人と思しき少年兵と対峙していたのは実際情報には無い女性だった。
(てっきり⋯⋯このライダーが調整兵士の標的だと踏んでいたんだが)
銃を構えたまま隣のライダーへと一瞥する。先ほどの戦闘──少年兵と女の怪物じみた戦いを見た時、その光景は彼が思い浮かべていた予想とは異なっていた。そう、陰から様子を窺っていた。
交わされあう攻防はおよそ人の範疇に留まらない、まるでコミックの中の怪物の世界。あれは目を疑う戦いで、およそまともな世界で行われているものとは思えなかった。特にあの女はなんだ? とても人間とは思えない。
涼しい顔で斬撃の速度にもついて回る身体能力。そして不定形の肉塊、あるいはスライム状に肉体を変形させる、現実味のない異能。腕を無数の触手に枝分かれさせ鞭のように放つ姿は、プロの傭兵ですら未知の領域だ。
崩れた極太パイプの上で八重歯を輝かせた女を見て、俺は身構える。その様子が何らかの皮切りとなったことを悟った。
だが直後に動いたのはその女ではなく、女の隣にいた漆黒の少年兵だ。蒼電が迸り、銃弾の如く前傾姿勢に跳躍した少年兵の一刀。
すんでのところで、側面に飛び込み回避する。直前に立っていた地点へと刀は振り下ろされており、地面には斬撃による亀裂が残った。
内心は冷や汗をかくほどの動揺を抱えて、低姿勢のまま少年兵に向き直る。
「この国の児童徴兵は、かれこれ一世紀近く違法になってる。お前いくつだ」
「我々はあらゆる国家に所属しない。当然ながら、非公開の武力として人権も保有していません」
少年兵が簡素に語ったことで、眉間の皺はより濃くなった。
何故って、子供が言っていいことじゃない。 言えるようではあって欲しくないこと。我々先人、大人の罪過を体現しているようなものだろう。
苦虫を噛み潰したような顔はヘッドギアに隠れているが、確かに〝まだ〟その感情はあった。
「⋯⋯」
しばしの沈黙。互いの沈黙に重ねるように、少年兵は刃を指で沿っておもむろに空を斬る。そうして切っ先を俺の方へと向けた。
「目撃者はすべて処理する指令を受けています。大人しく投降していただけますか」
「それは交渉じゃない、ただの要求だぞ」
児童兵士を見たこと自体が初めてだったわけではない。その点、これまでの前例から大きく逸脱していたのが〝調整兵士〟だった。
コミュニケーションの余地が全くない⋯⋯いや、必要としない。建前的な発言でさえ任務の再認識の為だけに完結している、あるのは迷い無き殺意と絶対忠誠だけか。
はて、どんな養成プログラムを受けたらこうなるのやら。
目の前の冷徹な声色こそ、想像だにしない出来事が内戦地帯ではなく、現実として民間企業の中で行われていることを表している。
金属音がそこから連続して響き渡る。
刀と義手が幾度も交わる。
少年兵の刀は一振りだが、こちらの得物は二振り。義手に拳銃と右手に接近戦用のナイフがあった。拳銃の間合いは刀よりは広いのは当然、だが疾風迅雷の調整兵士を前にしてはあって無いようなもの。
だから寧ろ、俺は慎重かつ迅速に歩を刀より内の間合いへと運ばせ続けている。直感や論理ではなく、これは経験則に基づく。
刀を実戦で使うなどと、もはやフィクションになるようなこの時代において、俺の記憶の中に一人だけ〝前例〟が居た。
黒鞘、赤い刃──その姿は〝もののふ〟というやつか。そういうフラッシュバックが見えた。途端に、今や無き左腕が疼くが、だからこそ危険な間合いの中でも立ち続けていられる。
かれこれ十数年と立つ。時折、百足が這うようなこの幻肢痛が、中々に「あの出来事」を忘れさせなかった。




