ある殺人事件の事件
妖精ですか。と探偵は言った。この殺人現場にておおよそ突拍子もないセリフに一同は目を見張った。妖精。住み込みのお手伝いは、その言葉を吟味するように繰り返し呟いた。しかし、と警部は、続けた。そんな、世迷い事、この現代社会通用するとでも、思っているのか。部屋中ウロウロしながら、彼はつづけた。だから、こんな探偵みたいなものにこんな難事件を依頼するなんて私は反対だったんだ、どうかしている。と半ば諦めと言うか、匙を投げた。そんな捨て台詞を投げつけて、この部屋から出ようとした、お待ちになってください。そう言ったのは、この館の女主人、続けて、警部さんがそんな態度では、解決する事件も解決しなくってよ。と駆け寄り引き留めた。そうだ、と相槌を打ったのは、この館の書生、この館の御主人が殺められて、四半時、もうそろそろではないですか。座っていた椅子を引き立ち上がった。そろそろとは、と女中が書生の傍に駆け寄り問いかけた。そろそろ、とは何がそろそろ何ですか。そうだ、何か君は知っているような口ぶりだね、と私設秘書は吸っていたタバコを灰皿に押し付けて、重ねるように言った。私も、同じことを思っていたのですよ、と辺りを見回して、一人ひとり確かめるように。公設秘書はいった。おかしいじゃないですか、部屋を右に左に歩き回りながら。おかしくはないですね、と植木職人は抱えていた刈込ばさみを、肩から降ろしながら言った。昨晩はご主人様。大層お元気でございました。と続けた。そこで間を割って入る様に、家庭教師は教えるための書物を両手に抱えながら。いや、しかし、この部屋に入っていかれるのを私は見ておりません。そうです、と持っていたお盆をテーブルの上に置きながら女中頭。私は、女中頭をしておりますところ、ご主人様の動向は、逐一把握しております、この部屋に入られることなんて、考えも及びません。そう語気を荒げて言っていた。そこを遠巻きに見ていた内弟子は堰を切ったように、私は知っております、師匠は、誰かに脅されておられたご様子、そっと私だけに打ち明けられました。彼は秘密を暴露したのであろう、決意によって、顔が硬直していた。それを横目で見ていたお抱え運転手は、帽子とトレンチコートを入り口のコート掛けにかけながら、そう言えば昨晩ご主人様は何かにおびえておられたご様子、きっと何か秘密を抱えておられたのでは、例えば、顔見知りに殺されるとでもいった、脅迫なんか。と、ある人物を見ながら言った。それは私でなくってよ、と見られていた、娘は、運転手に駆け寄り胸を押さえながら、私でなくってよ、と繰り返し呪文のように言った。娘婿はその後ろから駆け寄り、彼女を抱えながら彼女がそんなことするわけがないだろう、いいかげんにしたまえと、たしなめた。ところが、息子はこう言いながら窓の外を伺うように、姉さんは昔から計算高い所があるからどうだか、と蔑んだ、物言いで。しかし、被せるように、お姉さんはお優しい所があってそんなひどいことをするはずがないと息子の傍に駆け寄り、甥。そうですおばさんはお優しいと姪が同調する。叔父は、兄さんは人に恨まれることなど、そうですと、おばはセリフを引き継いだ。弟はとてもやさしい人ですそんな恨まれることなど考えも及びません。祖父はそうじゃ、この子は昔から優しい子じゃった、祖母も同じく同意するように安楽椅子に座りながら、二人は首を縦に振ってうんうん言っていた。
そこで、義理の娘が首をかしげながら言った。あの、いいですか。
その言葉に一同はザッと一斉にその声を掛けたニンゲンに視線を向けた。さっきから気になっていたのですが、この部屋には一体何人のニンゲンが居るのです?大の大人が二十人もこんな狭い部屋で、歩き回ったり椅子に座ってたり、駆け寄ったりできるわけないじゃないですか。あなたたちはいったい誰?そして続けた。
コノ部屋ハ、タッタ四畳半デスヨ、イッタイ何人のニンゲンがイルノデスカ。 了
貴重なお時間いただき、目を通していただき有難うございます。夢野久作先生に憧れて、書いてみました。あえて、詰めて書いてますので多少読み難いですが、それも一つのテイストととして、楽しんでいただければ、と、思っております。拙作は、カクヨム様に出品致したものです。