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私は国外追放を受け入れた、ただそれだけです

作者: 新井福

お読みいただきありがとうございます。

 喉も凍るような冬の日に、私は国外追放されました。


 国境付近まで粗悪な馬車でガタゴトと揺られて、そこからはペイッと馬車から追い出されたんです。

 白い息を吐きながら騎士たちに縋れば、騎士たちは嫌悪を丸出しに私を見下ろしました。


 それから――……なんでしたっけ。

 ああ、そう。私は騎士に剣で腕を切られたんです。とっても痛くて怖くて、私は生存本能に引かれるように走り出しました。雪で騎士たちが見えなくなるくらい遠くまで。


 だけど私の足はそう丈夫じゃなくて、騎士たちの姿がまだ見える所で体が崩れ落ちてしまったんです。しょうがないですよね、だって私生まれてこの方ずっとスプーンしか持てないくらい大切に育てられてきたんですから。

 

 そして、もう駄目だって白い雪を真っ赤に染め上げながらボンヤリ考えていた時、貴方が来たんです。狩りの途中だとか言って私を抱え上げて。

 厚い上着をかけて、私を貴方の馬に乗せてくれました。丁度雪が吹雪になって、貴方が馬の手綱を握りしめ走り出した時騎士たちの姿はすっかり見えなくなったんです。

 


 そこまで語り終えれば、貴方は私を強く抱きしめてくれた。

 ジンワリ涙が滲んでどうしようもなくなって、私は声を上げて泣いた。


◇◇◇


 今日は隣国との交流を兼ねた夜会。王太子であるロドルスは、前々から目障りだと思っていたリリスティアがいなくなったことで上機嫌だった。

 リリスティアは王太子である自分の婚約者だというのに表情も暗く髪もボサボサで、学園ではテストの成績も中の下だった。


 そうやって辟易していた彼は、お気に入りの令嬢であるポミィラが毒殺未遂に遭ったと言い、その毒薬がリリスティアの部屋から見つかったという証拠をでっち上げた。

 それを口実に貴族たちからの賛同も得て国外追放を命じ、リリスティアを追い出すことに成功したのだ。隣国との境目にあるあの森は、冬でも獣がうろつくと聞く。だからリリスティアはとうに死んだモノだと思っていた。


 ――だが目の前には美しく着飾ったリリスティアが隣国の王太子に腰を抱かれ夜会に赴いていた。


「おい! どうして罪人が王太子殿下の隣にいるんだ!」


 叫べば、返答は王太子の方からあった。


「私の婚約者だからだ」

「な……っ」


 どういうことだ、と言葉を詰まらせていると「お前たちが捨てたんだろう。だから、俺が拾ったんだ」と付け足される。


 リリスティアのボサボサだった青色の髪は、今は冬の湖のように深く光を帯びていて、瓶底眼鏡に隠されていた瞳は月を削り取ったような金色で。パールがあしらわれた王太子の瞳と同じ真っ赤なドレスは一目で上等なモノだと分かった。


 喉が鳴る。

 自分は最近、急に回されるようになった書類仕事のせいでまともに眠れてもいないのにリリスティアだけ綺麗で。

 ポミィラはドレスを買うだけでまったく役に立たない。

 

 ふっくらとしたリリスティアの頬を睨みつけていると、王太子が心底可笑しそうに笑った。

 

「己が手放したモノの価値にも気づかないとは、まことに愚かな国だな」

「は……?」


 王太子が見せつけるように、リリスティアに口づける。


「お前ら王族が放棄していた書類仕事を行っていたのは彼女だ」


 リリスティアが、書類仕事を行っていた?

 

「彼女はフィアリーだ」


 いない筈のリリスティアが現れたことによって張り詰めた空気が流れていた貴族たちがどよめく。


 フィアリーというのは精霊に愛され類まれなる知恵と幸運を持った者のことで、この者がいる国には繁栄が約束されている。どこの国にとっても、喉から手が出る程に欲しい人材。


「……返せッ! それは元々俺のモノだ!!」


 気付けば叫び、手を伸ばしていた。だがその手は、王太子の側にいた騎士によって押さえつけられる。


「もう要らないんだろう? 何故フィアリーだと分かった途端手を伸ばす」

「リリスティアは、この国のモノだからだ! さあ帰ろうリリスティアッ」


 必死に手を伸ばす。もう側で誰かが叫んでようと気にならない。

 そんなロドルスを、リリスティアは静かな瞳で見下ろした。


「私は国外追放を受け入れました」


 ――それは確かな拒絶。


「さようなら、私は、私を愛する人たちと暮らします」


 リリスティアが周りを見渡せば、皆がこちらを見ていた。

 お茶会でリリスティアを馬鹿にした令嬢たちも。リリスティアをすぐに切り捨てた、人間を駒としか思わない父も。毒殺未遂に遭ったと騒いだポミィラも。それからも沢山の、リリスティアを馬鹿にした人たちが。


 確かな愉悦が広がる。


 上がってしまった口角を隠すように隣国の王太子であるガルフの腕に頬を寄せれば、憎々しげにロドルスが唾を撒き散らしながら叫んだ。


「フィアリーなら、どうして今まで力を隠していたんだッ、俺は騙された被害者だ!!」


 リリスティアは自分の心が冷えてくのが分かった。もうなにも話したくなかった。

 だけど、今こうしてガルフと幸せなのはこのロドルスのお陰だしなぁと考えて、もう会うのも最後だからと教えてあげることにした。


「自分より目立つなと言ったのは誰ですか? 地味な格好をするのも、貴方より悪い点数を取るのも、意外と難しいんですよ?」


 ガルフがリリスティアに言った。この国と結んだ契約は全て白紙に戻したと。

 大国の援助を失い、リリスティアというフィアリーをも失った国で、どれ程のことができるのだろう。一年後には、すっかり目も当てられない様になっているに違いない。


 一年後、我が国の領地が増える。それはとても良いことだ。


 リリスティアはガルフと一緒に、夜会を後にした。


◇◇◇


 ふかふかのクッションが敷かれた、揺れの少ない馬車に乗りながらリリスティアはガルフに話しかける。


「ありがとうございます、私の復讐に付き合ってくださって」

「いいや? 俺も良いモノを見せてもらった」


 まあ、と笑えばガルフも口角を上げた。


 外は、追放された時の灰色の空とは違い星が瞬いている。春がもう少しで来ることを暗に告げていた。


「貴方があの日、偶然来てくれたから、私は救われたのです。だから本当に、ありがとうございます」


 ガルフが少し恥ずかしそうに頭をガシガシとかいた。どうしたのかと首を傾げれば、妖精が一人私の耳元にやってくる。


『あのねあのね、ガルフは元々リリスティアのことが大好きだったんだよ。だから国外追放の時、僕らが教えてあげたらすぐに来たんだ』

「まあ!」


 リリスティアと同じフィアリーであるガルフは顔を真っ赤にして「おい、やめろ!」と叫んでいる。


『それからガルフはね、リリスティアが初恋なんだよ』

「まあまあ!」


 顔を真っ赤にしてる愛しい人に、リリスティアは人の悪い笑みを向ける。


「……で、いつから好きなんですか私のこと」

「そ、それは……っ」


 馬車はカロカロと車輪を回す。

 ゆっくりと、リリスティアたちが帰るべき場所へ進んでいく――

 

 



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