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その三

 

 急いで裾幅の広いカーゴパンツに履き替え、テニラケスニーカーを履いて私は家を飛び出した。

 待ち合わせの駅前までひたすら走った。

 駅まで走り抜いても、間違いなく待ち合わせに遅刻だ。

 L○NEで少し遅れそうだと知らせたし、瑠莉も馨子も少々遅れても気にしないタイプだが、正月早々の遅刻は気分的に落ち込む。原因が、原因だ。

 正月早々こんなに走ることになるなんて、今年は慌ただしい年になるんだろうか、なんてことを走りながら考えたりした。

 今年は就職先を見つけないといけない。

 卒論を書かないといけない。

 落ち着かない年になるのは間違いなさそうだ。


 それにしても、自分でも驚くくらい軽快に走っていた。足がどんどん前へ出るのだ。

 悔しいが、テニラケスニーカーは私の足にピッタリで、衝撃もちゃんと吸収している。靴としては、機能だけなら、文句のつけようがない。


 待ち合わせの場所には数分の遅れで着いた。

 馨子と瑠莉が楽しそうに喋っているところへ、私は駆けつけた。

「すごーい、テニス部にいた頃より走れてるじゃん」

 瑠璃に変な褒め方をされた。

「ほんと、アスリートばりの走りだったよ。大学でまたテニスやってんの?」

 馨子が目を丸くして訊いてきた。


 人間、些細なことでも褒められると嬉しいものだ。

 しかしテニスをやったのは中学だけで、高校では新聞部、大学では映研と、テニスはもちろん、運動系はなにもやっていない。

 アスリートばりに走れたのは……

 テニラケスニーカーのおかげだとは認めたくなかった。

 そもそもテニラケスニーカーのせいで遅刻したのだ。


 ……まさか、今のがテニラケスニーカーが言ってた良いことじゃないよね……


「そのスニーカー……」

 馨子が私の足元を見ていた。

「昔もそんなの履いてなかったっけ?」

 さすが馨子だ。記憶力抜群。今日は発揮してもらいたくなかった力だ。

「あ、そうだっけね……」

 必死でいいわけを探したが、思いつかない。

「遅刻しそうだったんで、履きやすい靴を……いや、走りやすい靴を……」

「白いスニーカーって、おしゃれに見えるよ。メンテ大変だから」

 微妙な褒め方である。テニラケの刺繍にはまだ気がついてないのかもしれない。そのまま二人とも気がつかないことを祈る。


「そうだ。小学校の頃にも履いてたよね。そんな感じのスリッポン。テニスラケットの刺繍が入ったのを……」


 うっ。瑠莉が詳細を思い出してしまった。


「そ、そうだっけ?」

 思わず口をついて出たが、白々しい。

「あの頃からテニス好きだったんだね~。今でもそんなに好きなら、サークルに入りなよ。大学のサークルなら楽しくやれるじゃない」


 今でもそんなに好きなら。

 ということは、スニーカーにテニスラケットの刺繍がついてるのがバレてるじゃないか!


 私はしゃがみこみたくなった。

 しかし瑠莉も良い方に解釈してくれている。そこは幼馴染みか。


 高校でテニスをやらなかったのは、硬式しかなかったことと、部活の厳しい雰囲気だった。

 まなじり上げて、目をギラつかせてテニスをやりたくなかったのだ。


「詳しくは言いたくないんだけど、貰い物なの。履きやすさだけは抜群だから、その……」

「靴は履きやすいのが一番。あたし達には気にすることないし」と、馨子。

「大丈夫。ワンポイント、目立たないよ」と瑠莉。

 とどめの一撃だ。



 この日の第一の目的地はかなり大きな神社なので、毎年、三ヶ日は参拝客の長い列ができているけれど、三人で喋っていれば、すぐに順番がくる。

 見様見真似で参拝したあとは、お楽しみの御神籤。

 三年ぶりに大吉だった。

 たかが御神籤。されど御神籤。

 卒業年に大吉は嬉しい。


 ……まさか、これがテニラケスニーカーの言ってた「良いこと」じゃないだろな……


 周囲の話を聞いていると、お正月の大吉率は高い。この程度では玄関での騒動を帳消しにできない。


 神社で参拝したあとは、境内から参道に並ぶ屋台を冷やかしつつ、ファミレスへと流れる。すっかりお馴染みのコースだ。

 以前に比べたらかなり増えたけれども、三日に営業している飲食店は少ないし、メニューは少ないうえに料金は高い。

 それでも三ヶ日のうちに幼馴染みと会い、飲んで食べて騒ぐのが大事なのだ。

 年末年始に働いてる人に心から感謝しつつ、自身はひたすらのんびりし、楽しむ。

 それが大学一年の時に年末年始に短期のバイトを入れて後悔した私のモットーである。


 レストランでお喋りと食事に忙しく口を動かしていると、人目をひく背の高い美青年が店に入ってきた。後ろに友人らしい人物を二人引き連れている。

 そうして、その顔には見覚えがあった。


 誰かわかった私はどきりと心臓が踊った。

 中学の同級生で、当時私がひそかに憧れていた男の子なのだ。名前は春日健(かすがたける)

 バレー部のエースで、はっきり言って学年一モテていた。

 だから、私は打ち明けることもしなかった。完全な片思いである。

 何年ぶりだろう?

 瑠璃と馨子も春日君が入ってきたのに気づき、目配せしてきた。

 一行は、私たちが座っている席よりもっと奥へ案内されていった。


「こっちは覚えてても、向こうは覚えてないだろね」

 瑠璃が声を落として続けた。

「春日君、去年の春に大怪我してバレー辞めたんだって」

「へ~ぇ……それはつらかっただろうな……」

 大学はバレー選手の特待生として入ったと聞いていた。そのバレーができなくなったら、どんな扱いを受けるのだろう?

「大学は続けてんの?」

 瑠璃のゴシップ情報収集力はすごいので、私は尋ねた。

「うん。一応はね。でも最近は荒れてるって噂も……」


 いったい瑠莉はどこからそんな情報を仕入れているのか。

 瑠莉とは同じ市内に住んでいるが、私には初耳のことばかりである。


「それにしても、いい男よね~」

 瑠莉の言い草に私と馨子は吹いた。

「荒れてる今なら瑠莉にもチャンスあるかも」

 馨子が煽る。

「あたし、もっとフツーの人が好きなの。春日君なんかとつき合ったら、心休まる時がないわよ」

「だよね~。絶対長続きしない」

 馨子が相槌を打つ。


 三人で春日君をネタに盛り上がっていたら、

 通路側に座っていた私は斜め後ろからの視線を感じた。

 振り向くと、春日君と目があった。

 思わず「わっ」と声が出た。

 いつの間に斜め後ろの席へ移ったのか。

 目があったところで、春日君が立ち上がった。

 三人で噂話に花を咲かせていたのが聞こえていたかと、私は身をかたくした。

 瑠莉と馨子も急に黙り込んでうつむき加減だ。

「お前ら、中学でもよくつるんでたけど、今でも相変わらずつるんでるんだな」

 声が笑っている。

「あたしたちのこと覚えてたのね。光栄だわ」

 皮肉屋の馨子が言った。

 そういえば、中学の頃も平然と春日君に話しかけていたっけ。

「もちろん覚えてるよ。三人は結構目立ってたぜ。自覚なかったのかい?」


 自覚はなかった。どうしてだろう?

 馨子のせいか?そうだ、馨子のせいだ。そうとしか考えられない。


 馨子はクラスでは地味にしていたつもりらしいが、仲のよくない同級生や性格の悪いのには口を開けば毒舌を炸裂させていた。頭が良くて図星すぎる毒舌を、だ。ということで、馨子を嫌っていた連中は多かったのだが、その一方で正義の味方と陰でエールを送っていた連中も多かった。

 振り返ると、瑠莉と私はそんな馨子に守られていた気がする。

 この窮地も馨子に救ってもらおう。


「これからどうすんの?」

 春日君が訊いてきた。

 いつもならカラオケだ。毎年三時間は好き勝手に歌って喋る。

「カラオケかな」

「俺たちと一緒じゃないか。駅前のボンカラだろ?」

「まぁね」

 馨子が警戒モードに入ったのが、私にはわかった。

「じゃあ一緒に行こうぜ。多い方が楽しいだろ」


 なんだ、その決めつけは。

 春日君の連れは二人とも私は知らない。様子からして、馨子と瑠莉も知らない。

 春日君が入った大学は県外だから、たぶん高校の友人だろう。

 春日君とは中学時代の話で盛り上がれるだろうけども、あとの二人と楽しく過ごせるとはあまり思えなかった。

 しかし、かつて恋い焦がれた時期のある春日君と話せる貴重な機会である。二度とないかもしれない。高校以後のことを訊きたかった。打ち込んできたバレーを辞めた今、どうしているのか、本人の口から訊きたかった。

 私の中で警戒する気持ちと嬉しい気持ちが交差した。

 そこで、はっとした。


 テニラケスニーカーの言った「良いこと」って、このことだったりして……


 ならば、行かない手はない。


 様子からして、馨子は明らかに乗り気ではない。しかし、瑠莉はどうみても乗り気だ。目が輝いている。


 さっきフツーが良いって言ってなかったっけ?


 どうやら三人の中では圧倒的に瑠莉が今でも春日君に興味を抱いているらしい。情報を色々仕入れているのも、そのためだろう。


 な~んだ。そういうことなんだ。

 人はどうして正直になれないのだろう?


「ちょうど三人ずつだし、いいんじゃない?ここで鉢合わせたのもなんかの縁よ」

 ついに瑠莉が本性を現した。

 馨子が瑠莉を横目で睨んだ。明らかに乗り気ではない。

 しかし相手の機嫌を損ねずに断るのも難しい状況である。

 馨子がどう出るかと思っていたら、「行くよね?」と、瑠莉が私を味方に引き入れようとしてきた。

 これからの展開がテニラケスニーカーの「良いこと」である可能性に、私はつい「そうだね」と答えてしまっていた。

「ともかくここを出よう。私らは食べ終わったから」

 馨子が渋い顔つきで立ち上がりながら言った。

「俺たちももう食べ終わったよ」


 さっき入ってきたところではないか。早食いにもほどがあるぞ。

 そう思って時計を見たら、彼らが入ってきてから30分近くたっていた。

 我ら三人組が粘りすぎたようである。


 では、ともかくもここを出ようと、私も立ち上がった。

 ……が、横へ一歩出して通路へ出ようとしたら、あろうことか、どうしたわけか、靴が動かなかった!









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