③『傍に在るもの』
裏切り。裏切り。重なる裏切り。狂気と廃棄。俺様が生きてきた道は、いつも血で塗れていた。汚れていた。何度辿っても、同じ結末。
馬鹿げている。愛しても、愛されても。どうせ傷つくに決まってる。
だって俺様は愛されない。土地を豊かにするための道具。囁かれた言葉も、懐かれた記憶も、全てが偽りで、俺様に死んでもらうための方便なのだから。
「む。なんじゃ、メシにはまだ早いぞ」
キッチンの窓から入り込んできた馬鹿な蝙蝠一匹をヤオヒメが睨む。
「いいじゃないの、たまには遊びに来ても」
「だからってなあ……。まあ、どうせ聞かぬわいのう」
菜箸で衣をつけて揚げた鶏肉を指す。
「いくつか食うて構わぬぞ。ちょうど味見をするところだった」
「ほんとに!? サイコー、あんたの手料理はマジで美味いのよね!」
おだてたって何も出ぬと言いながら尻尾が三本、ひょいっと出てきて小さく揺れる。褒められて悪い気分はしないのだ。
熱そうにほおばる姿をくっくっと可笑しそうにしながら。
「全部食うてはエスタに恨み節を聞かされるやもしれんぞ、程々にしておけよ。俺様もそこまで庇ってやるほど優しくはないでのう」
「うっ……。ちょ、ちょっと名残惜しいけど仕方ないわね」
シンクで手を洗いながら、ルヴィがふと言った。
「そういえば知ってる? ゴグマのサーカス、増築するんだって。大盛況で新しい催しとかも考えてるらしいわ。何でも来場者特典付きとか」
「カッカカッ! 面白い事を考えおるのう、アイツも。俺様は興味ねえが」
そう返すとルヴィがしゅんと少し落ち込んだ。
「そっか……」
「うん? なんぞ、言いたい事でもあったのかよ?」
「ううん、ただ一緒にどうかなって思って」
珍しい誘いに料理をするヤオヒメの手が止まった。
「なんじゃ、俺様なんか誘わなくたって他にいっぱいいるじゃろ」
「あんたがいいなって思ったから声掛けたのよ」
目を合わせず、少し頬を赤くして彼女は言った。
「さ、最近、アタシってあんたの事避けてたっていうか、もしかしたら誘ったら迷惑なんじゃってずっと悩んでたのよ。だから、その……」
「ハッ。下らん悩みじゃなあ。俺様はこうでわりと暇なんだがのう」
仕事は木偶人形に任せておけばいい。料理もヤオヒメの魔力によって操られている以上、まったく同じ調理をするのだから味も変わらない。作ろうと思えば時間はいくらでも作れるが、暇だから料理くらいは自分で、とやっているだけだ。
「しかしまあ、なんじゃ。口説き文句としてはいまいち乗れん」
菜箸を置いて、鍋をこんっと指で叩けば油の熱はあっという間に冷めた。
そっとルヴィの頭に手を置くなり、ぎゅっと掴んで顔を近づけた。
「小娘よう。俺様を誘うんなら、もっと強引で構いやしねえ。それとも、初心なガキには少々刺激的な誘い方というのが分からんかえ」
手を離して、こんどは腰に回して抱き寄せ、あごを親指でなぞった。
「可愛い小娘。俺様への求愛はこれくらいが適切だ。味わってみるか?」
「ぐっ……お、え、遠慮しますう!」
ぐいっと押し退けて心臓がバクバクするのを手で感じる。思ったよりも距離が近かったうえに、ヤオヒメの顔の良さを改めて再認識させられた。
「はあ~っ、年の功ってヤツ?」
「失礼な。俺様を年寄り扱いするんじゃねえよ」
木偶人形がぞろぞろと厨房に入って来て盛り付けを始めると、ヤオヒメは「俺様も一個くらい唐揚げ食っとくか」と先にひとつを摘まんで口に放り込む。
「んむ……。悪くない」
そう言いながらわざとルヴィのドレスの裾で指を拭く。
「あああーーーーっ!? 何してんのよ!」
「ハッハッハ。服が汚れちまったみたいじゃのう」
すっとルヴィを両手に軽々と抱えて笑い、大きく開いた窓の前に立った。
「ではそんな服は捨てちまって新しい服でも買いに行くか!」
「えっ、ちょ、今から!? っていうか強引過ぎない!?」
「だからええんじゃろうが。まったく分かってねえのう、てめえは」
ひょいっと跳び出してからから笑う。優しく抱きかかえたルヴィの驚く顔をまっすぐ見つめて優しく微笑む。
「てめえはいつも周りの目を気にし過ぎじゃ。俺様の隣にいるときくらいは可憐な小娘であっていい。────衣装室に服を買いに行こう。俺様とのデートに着ていく、お前にとびっきり似合ういい奴をな」




