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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
番外編

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①『親子』

「オレも親父みたいになれるか?」


 アドワーズ皇国で最も高い時計塔の天辺で、トラリがすぐ横に座って共に星空を眺めているシャクラに尋ねる。視線は憧れに満ちていた。


「……さあな。俺には分からん」


「嘘吐くんじゃねえよ。あんたは才能を見抜くって聞くぜ」


「まあ、そう言われる事もある」


 シャクラの返事は素っ気ない。大して興味がないのだ。いくらトラリが強くなったとしても、不思議な事に彼女と戦おうという気が起きなかった。


 闘争本能に満ちているはずのオーガでも珍しい話だ。血が繋がっていようが殺し合う。そんなものが当たり前の世界に産み落とされ、自身もそうやって生きて来た。勝てないと悟って群れに加わる者を拒みもしなければ追放もせず、下克上を挑んでくるのならば喜んで相手をした。


 なのに、すぐ隣に座って共に星空を眺める我が子の無邪気な姿を見ていると、闘争本能が蕩けて消えていくような感覚に陥ってしまう。


「お前は俺が恨めしくないのか」


 母親に愛情のひとかけらも示さず、娘の存在さえ知らなかった。オーガの子供は闘争本能に完全に目覚めるまでは親の愛情を注がれて育っていく。しかし彼女はそうではなかった。他所の群れに預けられて育っただけで、ユピトラが死んだ事を知ったのも随分後になってからの話だ。


 つい最近まではシャクラについても『お前の父親は人間に負けた』と伝え聞かされていた。よほど大した事のないオーガだったのだろうと思っていたところへ現れて、今まで見た誰よりも強かったのを知った。


 トラリが憧れない道理はどこにもなかった。


「どうせ父親も母親も知らずに育ってたし、気にした事はねえよ。魔界じゃ負け知らずだったから、こっちでもっと強い奴がいるんだって知れたし」


「……そうか。それで、お前はこっちへ来てどれくらい勝ったんだ」


 闘技場の登録選手としてトラリは有名だ。彗星の如く現れて次々と有力選手を打倒して連勝記録を伸ばしているのだから、シャクラも注目した。


「二回負け、エキシビションマッチで。ヤオヒメとルヴィにボッコボコにされちまった。まだまだ世界は広いんだなあって思ったよ」


「お前はまだ千年ほどだろ。俺たちは年季が違うからな」


 フッと鼻で笑ってから、大きな手がトラリの頭を撫でた。


「気にする事はない。誰でも最初から強いわけじゃない」


 気丈に振舞ってはいるトラリも内心では負けた事が悔しくて仕方ない。表に出そうとせず、ただひたすら強さを求めた彼女が闘技場で連勝を伸ばす中で、連勝記録自体は残っていてもエキシビションにおいての二連敗は心を痛めるに十分すぎた。


 慰めの言葉には慣れておらず、気恥ずかしさと我慢していた悔しさに思わず目に涙が浮かんできて、顔を空に向けて堪えようとする。


「あ~っ、たまんねえよな。親父はあの二人より強いんだもん」


「それでも俺はエスタに勝てないんだがね」


 負けるのも面白い。クックッと笑って腕を組む。


 よく考えれば、エスタに挑んだ悉くを、軽くあしらわれて終わっている。別格中の別格。魔王として君臨する若き才能。辿り着けぬ境地。鍛錬を欠かさぬ日々を過ごしてきて、ここしばらくの彼はもはや戦意さえ失っていた。


「トラリ。正直言って、俺はオーガとして生きるには人間界に馴染み過ぎた。ここから先を争う事に費やすのは、思ったより退屈になりそうでね」


「……そっか。まあ、そんだけ強けりゃいいんじゃねえの。本質的な生き方が絶対ってわけじゃねえんだから、親父も親父らしい生き方でさ」


 ちょっとは寂しい気持ちもある。シャクラが戦うのをやめるという事は、彼の強さはそこで行き止まり。壁の向こう側に、もう道は続いていないのだ。


 通り過ぎていくときの気持ちはきっと嬉しさが大きいだろう。だが、それよりも一緒に歩いてほしかった。父親や母親の事は今でもよく知らないし分からないが、少なくとも彼が自分の肉親であると分かって、ホッとしたのも事実だった。


 ずっと両親ともに愛情などないと言われて育ってきて、どちらもそうでない事を知って、やっと会えた父親には薄い興味なれど愛情を感じたから。


「親父。俺、もっと強くなるよ。魔界の全部を支配できるくらい強くなって、人間界をずっと平和のままな場所にする。そしたらさ、親父ものんびり生きていけるよな? 昔みてえにオレの知らないところでいなくなったりしないよな?」


 身を乗り出して期待の眼差しを向ける。


「……どうかな。だが、まあ、お前が約束するなら俺も約束してやろう」


 子供の愛し方など知らない。戦う事でしか己の示し方を知らなかったシャクラには、どう接してやるべきなのか、どんな答えを以て迎えるべきなのかが分からない。だが、トラリはそれでも満足したようにニッコリ笑った。


「へへっ、そうか! じゃあ頑張るよ!」


「ああ。期待しておいてやるよ」


 足をぱたぱたさせて喜ぶトラリは、やはりまだ子供だと思った。同時に、ずっとそのまま明るい子でいてほしいと願った。かつて傍にいたユピトラのように。


「そういえばさあ。親父、なんでオレを此処に連れて来たんだ?」


「……色々考えててな。お前に見せてやりたかったんだよ」


 雲ひとつない空。月と星々の輝きを見あげて、彼は小さく笑いながら。


「────中々どうして美しい景色だろう?」

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