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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第43話「全てを手に入れるまで」

 二人共グラスを置き、エスタがフロレントを抱きあげた。


「このまま行っても構わないか?」


 誕生パーティというのもあってドレス姿のままだ。今日のために仕立てたものだったが、フロレントは気に留めない。どうせ年に一度だけ、しかも次は同じものを着るわけにもいかないので、クローゼットで肥やしになるのだから、と。


「ドレスが汚れたりするよりも、あなたとデートする方が楽しそうだから全然平気よ。それに闘技場って、一度も見に行ってなかったから」


「む? そういえば完成セレモニーのときいなかったのか」


 完成当時、フロレントは魔導師としての修練を積む事を優先するようシャクラに勧められて、宮殿での仕事以外ではずっと庭で魔力の操り方を徹底的に鍛えさせられていた。それ以降も特に闘技場に用事はなく、顔を出した事が無かった。


「元々血が流れたりするのって、本当は苦手なの。克服したつもりではいるけれど、やっぱり今でも時々、お父様たちの事を思い出してしまって」


 襲われた記憶は深く心の中に根を張っている。成し遂げねばならないという強い決意があって前に進み続けてきたが、落ち着いた今では当時が恋しくなったり、ときどき夢に見てしまう事がある。


 何もできなかった頃の自分が悔しくて、悲しくて。それでも毎日笑っていられるのはエスタたち新しい家族や、アドワーズ皇国を慕ってくれる人々。仲間となった大勢の魔族のおかげだ。


「でもほら、ずっと顔を出さないのも女皇としてどうなんだろうって思って。一度くらいは見に行ってあげた方が、みんなの信頼にも繋がるでしょ?」


「ハッハッハ、心配性だな。そうでなくても彼らは人間が好きだから、こちら側で暮らすのを選んでいるのだぞ。近頃は魔族との婚姻も増えてるそうだ」


 人間も魔族も、その見た目や本質に多少異なりがあるだけで、感性自体は似たり寄ったりな部分が殆どだ。気が合う者同士が惹かれ合うのは当然の話。魔界との繋がりを強めたフロレントの選択は正しいものだったと認識させられた。


「さ、着いたぞ。そなたは目立つから裏口を使おう」


「ええ。もう目立ってる気はするけれど」


「関係者専用の出入り口だから大丈夫だ」


 中に入ればすぐに案内の者がやってくる。闘技場の管理は人間と魔族が共同で行っており、警備は基本的に審査を抜けた魔族が、それ以外の仕事の多くは人間が行うようになっていた。


「ささ、こちらへ。陛下のためにご用意してある特等席がございます」


 連れていかれたのはほぼ個室となっている観客席で、ゆったり過ごす事も出来る空間になっている。呼べば飲み物でも料理でも運んでくれるらしく、常に扉の前で誰かしらが待機すると伝えられた。


「ではごゆっくりどうぞ。ちょうどこれから試合が始まるところですので、今しばらくお待ちください。今日は注目選手同士の対決になっていますから」


 案内が部屋を後にして、扉が閉まった後でフロレントはエスタに「注目選手って?」と尋ねる。闘技場を建てたいとは聞いて許可はしたが、あまり具体的な事はよく分からなかった。


「闘技場で評価を受けている選手の事を指しているんだ。例えば戦績が良い事であったり、あるいは逆転勝利を収めたり、そういった者がそう呼ばれている。私たちは運よく、そういう選手同士の試合を観られるようだ」


 ガラスの向こうに見える闘技場を厳かにする砂と土の殺風景さ。そこに立った二体の魔族に埋まった観客席は熱狂した。人間も魔族も変わらず、野蛮なものを見るのが好きな者たちの集まりだ。


「片方はドレイクのようだな。闘技場で戦績が良いのも頷ける」


「ドレイク……? 聞いた事がないわ」


「私の種族に近い。強さはやや劣るが知性のある連中だよ」


 闘技場では単純に魔族たちの種族や能力から、ある程度の強さは保証される。だが才能とは分からぬもので、注目選手として選ばれたドレイクの相手がオーガである事にエスタも気を留めた。


「……あのオーガ、奇妙だな。なんの気配も感じぬ」


「気配って闘志とかそういう?」


「うむ。おっ、ローブを脱ぐぞ。どんな奴だろう」


 素顔を晒したのはざんばらな白髪(はくはつ)。浅黒い肌に茶色い瞳を持った、勝気な雰囲気を漂わせる整った顔立ちをした女のオーガ。


 対戦相手のドレイクの男が、その鱗に覆われた巨体で威圧するように見下ろして「こんなに小さいのに注目選手なんだな」と声を掛けた。


 対してオーガの女はぎらり尖った犬歯を見せて────。


「オレが小さいからってナメてっと怪我するぜ。なんせ最強だからよ」


 エスタもフロレントも惹かれてしまう外見だったのは、その姿がどことなくシャクラに似ていたからだ。背は低く小柄だが、筋肉質な体がオーガらしい。両選手ともが格闘主体のスタイルで、組まれた試合としては見応えがある。────ただし、実力が近ければの話だったが。


「契約者よ、どちらが勝つと思う?」


「え。うーん、どうかしら。見た目だけならドレイクだけれど」


「そうだな。だがおそらく天と地ほどの差があるぞ」


 見抜いた実力の差。どう見ても自分よりずっと若いと分かるオーガの娘を見て、エスタは自信を持ってそう言った。


 その上で、目を白黒させるほど驚かされた。


「いいぜ、強い奴は好きだ。ドレイクのオッサン」


 握った拳に雷光が唸った。直接相手に打撃を与えるのではなく、その足下を狙っての一瞬。爆発と共に雷光の柱が闘技場の真上に広がる空へ昇った。


 十分に加減を加えた一撃。フロレントも知っている技。


「どうだよ、オレの《雷拳鉄槌(トールハンマー)》は! シビレただろ!?」


 瞬時にエスタは理解する。彼女の肉弾戦を主体とした戦い方。使う能力。似通った外見を持つ理由。いったいいつ? とは思いながらも、その存在が紛れもなくシャクラの血を引いているオーガである、と。


「……契約者よ。さっき私が言った事を覚えているか」


「テラスで話していたときの事よね」


「ああ。どうやら現れたようだ、幸いにも敵ではなかったが」


 フッと笑う。きっとあれはシャクラと同じ血を引いている事を知らないだろう。聞かされたとしても、親子そろって興味もなさそうだ、と。


 しかし、最も注目すべき点は彼女の血筋ではなく生まれ持ったものだ。


「────そなたと同じ時代に生まれた、そなたと同じ天賦の才を持つ者。あれこそが、私たちよりさらに先の時代に立つ魔王の器だろう」


 血がざわつく。戦ってみたいと思わされる。だがまだ若すぎる。今戦ったところであっさり壊してしまいそうなほど彼女は脆い。後百年、それとも千年か。いずれにせよ魔族としての血が、本能が強く鼓動してみせた瞬間だった。


「だったら私のために彼女も手に入れてくれるかしら?」


「……む。まあ、引き入れるのは難しくなさそうだが」


「そ。じゃあ、あなたが戦うのに都合のいい理由が出来たわね」


 エスタの表情がぱっと明るくなった。日頃からずっと働き詰めで、フロレントの傍にばかりいてやりたい事もずっと我慢しているのを知っていた。闘技場のような場所でただ見るだけではつまらないはずだ、と。


 その気遣いに感謝しながら、硝子の向こう側で観客席に勝利をアピールするオーガの娘を見つめた。


「ああ。ならば私に任せよ、契約者。────約束だ。そなたが全てを手に入れるまで、私はこの忠誠心と共に剣を振るい続けよう!」

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