第41話「ワタクシも、きっと」
食後の運動にも丁度良く、馬車は使わず徒歩で皇都の様子を覗きに行く。お忍びでは彼らを披露できないので堂々と正門から繰り出した。
角が生えているだけのエスタはともかく、巨人族であるゴグマはやはりよく目立つ。特に彼は道化師のメイクもしているので注目を集めた。フロレントには都合がよく、声を掛けられたら「二人をよろしくね」と丁寧に挨拶する。
エスタも上手く愛想よく振舞ってみせ、元々顔立ちの整っている彼女に優しく微笑まれると、双角に興味を惹かれたりはあっても気を許してくれた。
「これで良いのか、契約者」
「とても素晴らしいわ」
ちらとゴグマへ視線を向ける。彼も手を振って気さくに応えてはいるが、やはり巨躯を恐れる者は多い。なにせ大柄な男たちよりもまださらに大きいのだから、魔族の中でも明確に威圧感を覚えやすかった。
「……あのォ。やっぱりワタクシいない方が良かったんじゃ」
噴水広場で、道中に買った串焼きを食べながらゴグマが気まずそうに尋ねる。自分よりもむしろ相手の方が愛想よく振舞ってくれているのではないか、と。
「あなたがいないと私は困るもの。みんな分かってはいるけれど、慣れるって時間がかかるでしょう? ゴグマ・ファリという魔族がどんな人かって教えて行けば、きっとみんなもっと温かく迎えてくれるわ」
「だといいんですがねえ。……にしても、その名で呼ぶんですね?」
既に自分の本来の名を明かしたはずだが、フロレントは変わらず彼をゴグマと呼んだ。「だってテュポーンなんて可愛くないでしょ」と、そう返して。
たったそれだけの理由か、と顔を手で覆って可笑しがった。
「いいですねえ、そういう感性は嫌いじゃない」
「でしょ。そうだ、何か食べたいものとかあったら……」
「うん? どうかしましたか?」
フロレントの視線がゴグマの傍に釘付けになっている。気になって先にあるものを探してみると、小さな男の子が興味津々に彼を見あげていた。
「やあ、こんにちは。ワタクシの事が気になるのかい?」
声を掛けてみる。男の子の父親が慌てて駆け寄ってきた。
「すっ、すみません……! こら、ジッと見てたら失礼だろう?」
抱きかかえて慌てて謝る彼にフロレントがそんな事はないと言おうとした瞬間、すっと大きな手が遮って「何も分からない子供をそんな事で叱るものではありませんよ」と窘めるようにぽつんと言葉を落とす。
「幼子とはなんにでも関心を示すものです。それは人間も魔族も変わりません。ましてや他と違う見た目や空気を纏ったものであればなおさらに。ワタクシを恐れて避ける方が、よほど失礼ではありませんか」
帽子の位置を大きな手がゆっくり整えた。
「ワタクシを恐れるのは正常ですとも。しかし、こうして心を開くのが幼子だけとはなんとも苦しいものだ。これではいくら歩み寄っても意味がない」
ずしっと地面に胡坐をかきながら彼は俯く。
「馬鹿にされるのはいい。だけど、これは痛いよ。僕だって悲しい事はあるんだよ。君たち人間がどう思っていたとしても、こんなに頑張ってるのに」
そう言ってから、ぶるぶると震えた。よほど心を痛めたのだろうとフロレントが傍に寄ろうとするのをエスタが首を横に振って止めた。
「ほっとけ、コイツの常套手段だ」
背中に投げつけられた言葉にゴグマがぶふっ、と息を漏らす。
「あ~~~っ、まあ悲しくはないんですけどねェ! ちょっといじけてみただけですとも! ですがあまり少年を叱らないで上げてください、お父様。おかしなものをおかしいと思って見つめる感性も大事ですので!」
軽快にぴょんと立ち上がって、腹を抱えてげらげら笑う。
大きな手にはいくつもの風船が握られていた。
「坊や。君は何色が好きかな?」
「え。うーん、赤色!」
「そう、赤色。ワタクシのイケてる真っ赤な鼻と一緒!」
男の子に風船を差し出してプレゼントすると、帽子の中から小さな道化師のぬいぐるみがぴょいっと飛び出して少年にしがみつく。
「風船と人形は差し上げます、ワタクシと話してくれた礼ですとも」
気前よく伸びをして、手の中からぶわっと空に向けて風船を飛ばす。
「さあさあ、皆様ご注目! 大魔族ゴグマ・ファリが、お近づきのしるしにちょっとした余興を披露させて頂きましょう!」
大きな声で注目を集める。ざわざわと観衆が何事だと集まってくると、流石にフロレントもエスタも苦笑いを浮かべて中心にいるのを躊躇った。
「ゴ、ゴグマ……いったい何するつもり?」
「まあまあ。アナタたちも観客としてぜひ見てくださいな」
指に挟んだボールをぽいっと空に向けて軽く投げる。ぽんっと音を立てて白い煙が舞い、中からたくさんの鳥が空に羽ばたいていった。「おお~」と歓声があがると、お次は帽子の中から無理やり引っ張り出した巨大なボールの上に飛び乗って、片足でバランスを取りながら、程よいサイズのボールを何個も出してはジャグリングを披露して衆人を愉しませた。
魔族の身体能力と彼にしか出来ない技ならではの光景。さっきまでは奇異の視線ばかりだったが、次は何をしてくれるのかと期待の眼差しが向かう。
「ではでは、予定もありますので短いのですが、どうぞお近づきのしるしに皆様、ぜひどうぞ! ワタクシ特製のキャンディーを召し上がれ!」
帽子から噴水の如く噴き出した、赤と白の包み紙に包まれた飴玉が大量にばらまかれる。「さ、フロレント。アナタがみんなの前で食べて」と催促する。警戒心を解くには彼女が最も適任な瞬間だ。
「わっ、甘い。美味しいし……何これ、すごく元気になった気がする」
「魔界でしか採れない花の蜜を混ぜてるんです」
魔族や魔物が他者を捕食して栄養源とするだけでなく、中には彼らの傷ついた体や疲れを癒すと重宝された花がある。ゴグマはそれを採取して飴玉に使い、疲労回復に役立つ上に甘くて美味しいものを人間用にたくさん作っていた。
フロレントにつられて食べた人々も同じ感想を抱き、半信半疑だった表情はいつの間にか穏やかで明るくなって周囲に伝播していく。
「今日のところは在庫がなくなってしまいましたので、受け取れなかった人はまた今度! ぜひとも、このゴグマ・ファリをよろしくお願いいたしますよォ!」
大きな両腕がフロレントとエスタをぐいっと抱きしめ、地面に仰向けにされた帽子から紙吹雪が視界を覆って彼らを隠す。いつの間にか三人は消え、帽子もなくなっていた。彼は勢いと熱が冷めないうちに退散する事で、民草の興味を頭の片隅に留まらせ、自分という存在を強く印象付けてみせた。
「……うむ。貴公にしては悪くない」
「楽しかったわ、ゴグマ!」
宮殿の前庭に戻って来て、ゴグマは二人が楽しめたのを喜んだ。
「それは良かった。ワタクシも色々と準備した甲斐があります。魔界にある工房でコソコソと夜中に作ってたんですよォ。魔界の花は人間界に持って来ると萎れてしまいますから、加工する必要がありましてねえ……」
自信作だと早口になる彼をフロレントがくすっと笑った。
「……何がおかしいんです?」
「いえ、あなたって結構優しいんだなって」
いつかは人間と魔族で争っていた時代を駆け抜けたテュポーンは、経て来た時間の中で芽生えてきた感情に気付いていなかった。フロレントの言葉にぴたっと固まってから、『ああ、そうか』といまさらになって自分で感じる。
(ワタクシもきっと人間に憧れていたのでしょうね。どれだけの恐怖を前にしても進み続ける彼らが滑稽だと思っていた。力の差は歴然だったはずなのに、嘲笑を受けてもなお笑っている姿が、すごく美しく見えたんだ。だから道化師という者に敬意を抱いた。馬鹿にされても、その姿を貫く彼らが)
だからクレールが嫌いだった。仲間からも見捨てられ、孤独なのに強気な彼女があまりに哀れで惨たらしかったから。
だからクレールが好きだった。どれだけ哀しい結末が待っているかを知りながらも強く笑って、その最期を受け入れてみせたから。
「……フロレント、これだけは約束しましょう」
どこかから手にした大きなシロツメクサの冠をフロレントの頭に乗せた。
「────我が王が忠誠を誓うかぎり、ワタクシもアナタを守ると」




