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第9話「都市まで一緒に」

 奴隷として連れて行かれそうになった者たちには、盗賊団に対する恐怖だけでなくエスタがやってみせた事に声も出ない。ただ蹲って救いを懇願してばかりで顔をあげようともしなかった。


 演説には無縁だ。フロレントは深呼吸をしてから「ねえ、良かったら話を聞いてくれない?」と優しく声を掛けるが、動揺を拭うには声が小さかった。


 見かねたエスタが一歩前へ出てすうっと息を吸い込む。


「皆の者。僅かな時間で構わない、今は恐怖を抑えて我々の言葉に耳を貸してほしい。決してそなたらの敵ではない。ルバルスの都市ラタトスクから、村の様子を見て来てほしいと頼まれてやってきたのだ」


 都市の名を聞いて、一人が顔をあげた。


「本当にラタトスクから来たんですか?」


 若い女性が震える足で立ちあがった。


「うむ。とある酒場の主人からの依頼を受けて来た」


「きっと私の父です。それなら本当に助けに?」


「その通りだ。しかし、村の男たちは残念だが……」


 次々と恐怖心から解放されて顔をあげたが、それからがっくり肩を落とす。彼女たちにはもう帰る場所がない。慎ましやかに暮らしていた大切な村は焼き払われ、家畜もいない。愛する家族も奪われ、これからどうやって生きていけば良いのかと希望のひとつさえ絶たれている。


 そこでフロレントはひとつの提案を示す。


「皆でラタトスクまで行かない? 私たちが護衛になるわ」


 幸いにも盗賊団が使っていた馬たちは無事だった。大人と子供が二人一組で一緒に馬に乗るくらいならば問題ない。たとえ狼の群れに出くわしたとしても、エスタがいるだけで尻尾を撒いて逃げてしまうのは目に見えた話だ。


「契約者が命を下すのならば従おう。ちょうど都合も良い」


「……都合が良いってどういう?」


「うむ。ちょっと耳を貸せ、面白い話だ」


 周囲に聞かせてはまずいだろうと小さな声を届ける。そっと耳打ちされた言葉にフロレントは驚いて、パッと一歩離れて彼女を見た。


「本当に間違いないのね。だからルバルスの都市を目指したの?」


「ああ。確かに、あの場所に眠っている」


 深く考え込む。エスタが嘘を言わないのは分かっているが、かといって信じがたい事はある。おそるおそる、確認を取ってみた。


「本当にいるのよね、あなたと同じくらいの魔族が」


「うむ。実際に都市へ足を運んで同胞の気配を強く感じた」


 正確な位置も既に把握できている。後はフロレントを連れて封印を解き、帝都制圧という目標に向けて戦力を確保する。問題は、その封印の場所だ。


「でも王城の地下って……。どうやって行けばいいのかしら」


「だから都合が良いと言ったろう。この者たちを利用するのだ」


 恩を売る。それ以上の良策など無い。フロレントは彼女たちの弱った心に付け込むやり方だと胸を痛めたが、エスタには同情する気持ちがなかった。


「甘えた生き方も程々にしておけよ、契約者。私はそなたの剣となり盾となる事を誓ってはいるが、自らの首に刃を突き立てる者は救えぬ」


「……わかってる。でも、利用するだなんて」


 アパオーサを少しだけ小ぶりな大きさに変えながら、戸惑うフロレントを不思議そうに見つめる。何を言っているのか分からなかった。利用するのは当たり前だ。そうするのが最善ならば、他に何を選ぼうと迷う必要があるのか。


「そなたは帝国を討つのであろう。封印を解くため王城へ入るには彼らを利用するのが手っ取り早い。誰も傷付けたくないのであればそうするべきだ。まあ、忍び込んで余計に話を拗らせたとしても私は構わないが」


 問題があれば小国ひとつ陥落させる事も厭わない。ルバルスが敵対するのであれば滅ぼしてしまえばいい。だがフロレントがそれを望まないのは百も承知だ。だからこそ救った命の使い道を提案した。


「もっと信頼してくれても良いぞ、魔族といえども私はそなたの事を優先的に考えている。こういうのを人間は優しさと言うのだろう?」


「ちょっとそれは分からないけど……そうね、きっとそう」


 彼女なりに人間の分からない部分を理解しようとしてくれているのが少し嬉しくなった。そして言われた通り、少しでも敵対する可能性を排除するのなら忍び込んだりするより効果的かもしれない、と納得して伸ばされた手を掴んでアパオーサに跨り、しっかり体を預けて一緒に手綱を握った。


「よしっ、じゃあ方向性は決まったわね!」


「良い表情だ。では出発しよう、私たちのために」


 アドワーズ皇国の復興。帝国の打倒。目指すものは大きく、そして遠い。着実な一歩を踏み出そうとする頼りない背中にある未来をエスタは視た。


「……フッ。この私が人間に尽くす事になるとは」


 期待させられた姿とはいささか異なったが、存外にも悪くないと思えた。取るに足らないか弱い人間の、這い上がろうとする強さを認められた。


「どうしたの?」


 落ちないよう腰に回した手に、僅かに力が籠っているのに気付く。ほんの少し緩めてエスタはやんわり微笑みながら首を横に振った。


「なに、昔を思い出していただけさ」

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