第39話「共生の未来へ」
ヤオヒメの料理を食べないはずがない。わざわざ口にはすまいが、全員がそう思っている。澄まし顔で席に着いて待っているエスタも、手にフォークとナイフを握ってそわそわと落ち着いていない。
「あんたたち、なんでそんなに料理くらいで不満そうなわけ?」
一番気持ち穏やかに水を飲んで待っていたのがルヴィだった。
「お前は分かっていない。ルバルスで喰ったメシより美味い」
「ワタクシ、愉快な事の次くらいに食事って大切にしてるので」
珍しく意見が合う、と互いに思いながらフロレントたちが席に着くのを待った。激闘の後の平和な時間。────とは、やや違ったが。
「そうだ、契約者よ。私たちもすっかり戦いが終わってやる事もないから復興の手伝いをしていくわけだが……。今後の予定などは立てているのか?」
「一応は考えてるつもり。でも、何をどうしようかなって」
苦しい日々は終わり、復讐も遂げた。あるべき姿を取り戻したアドワーズ皇国に喜びもある。宮殿はまだまだ殺風景で暮らしているのもフロレントと、彼女を慕う五体の魔族だけ。忙しなく木偶人形たちが働くのを、なんとなく申し訳ない気持ちになりつつも頼りに過ごす温かい日々。
これからの事を考える余裕が生まれた途端、何から手をつけていいのだろうか。これまで通りに復興を進めていくのは大前提としても、他国との繋がりなど考えるべき事はとても多くなった気がした。
「あ、でもね。ひとつだけすぐにでも答えを出したい事があって。────ゴグマに魔界と人間界を、今よりずっと繋がりやすくしてほしいの」
「……待て、契約者よ。それでは人間が脅威に晒されるだけでは?」
エスタにはマンマセットがやろうとしていた事と何が違うのか分からなかった。魔界から魔物が流れ込んでくるのでは危なかろう、と。
いくらエスタたちがいたとしても、世界のどこにでも目があるわけではない。管理できない事態が起きた時の責任も含めてリスクが高いと否定する。
「違うわ、エスタ。あくまで魔族が今よりも出入りしやすいようにするの。もちろん危険な存在である事に変わりはないけど、野放しにはしておけないでしょう? 見えない敵から襲われるのはマンセマットだけで十分だわ」
ステーキをひと口食べて、満足げに笑みを浮かべながら続けた。
「だから人間に興味を持っていたり、友好的だったり、共生関係の作れそうな魔族を受け入れるの。争いごとの大好きな魔族にとってはなにそれって思う事もあるでしょうけれど、全部がそうじゃないでしょ?」
目配せされたゴグマが、ぶどう酒のグラスを掲げて「その通りでございます」と賛同するように返す。
「野蛮な者は多いですけれども、エスタ率いる龍の一族や、シャクラのような人間的な生活形態を持つオーガたち。それからワタクシたち巨人族も数は少ないですが現存しています。取り込むのは難しくないでしょう」
うんうんとヤオヒメも頷く。
「俺様も一理あるわいのう。軍団を築き上げると言えば少々物騒やもしれぬが、俺様たちだけでは限界もある。味方が増えるならそれも良かろう」
人間と交流してみたいもの。文化に触れてみたいもの。魔族とは決して知性を求めないわけではない。ただ争う事しか知らないから、そうしているだけの者もそれなりにいる。だったら今こそ引き入れるべきだという案には全員が納得した。
「では声掛けはいかがなさいます? 力でねじ伏せるのは簡単ではありますけれども、それって望んだ手段じゃないでしょうしィ……」
「ゴグマ、あなたとシャクラに頼みたいわ。出来るかしら?」
エスタが聞いた途端に血相を変えて机に手を突いて立ち上がった。
「なんで!? おかしいだろう、契約者! ゴグマはそもそも誰からも信用ないし、シャクラに至っては頭が筋肉で出来たみたいな奴じゃないか!」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
ゆでたまごの黄身だけを取り出して口に放り込みながら、シャクラがチッと舌を鳴らして不愉快な顔をする。
「確かに俺はお前に比べれば蛮族かも知れんが、オーガ共に話を聞かせるのに他に適任はいない。それにゴグマもそれなりに適任だと思うが?」
「なんだと、貴公。つまり私は貴公らにも満たないとでも」
「その無駄なプライドをいい加減に捨てろ、鬱陶しい奴だな」
やれやれと呆れてため息を吐く。果物を食べていたルヴィが手を止めて「アタシも賛成。今回はエスタよりもずっと良いと思うけど」とエスタの敵に回った。
「なぜ……なぜ!? 私は魔王だぞ、魔界の権威だぞ……!?」
「だからてめえは向いてねえんだよ」
クックッと小馬鹿にして笑うヤオヒメをフロレントが肘で小突く。
「お願い、エスタ。今回はきっと、こっちの方がいいの。シャクラもゴグマも人間に自分から素直に従う魔族じゃないわ。それどころか気に入らなかったら殺すタイプでしょ? だからこそ多くの魔族が興味を持ってくれるかもしれない」
仕方なさそうにエスタが席に着く。
どんよりした空気を纏ってはいるが、理解はしていた。
「……うむ。連中の気を惹くには好都合というわけだな。であれば仕方あるまい、譲るよ。もっと魔王らしい所を見せたかったんだが……」
「私は十分見せてもらってきたわ。だからあなたには傍にいて欲しくて」
「……!! そ、そうか! ならば仕方あるまい!」
あっさり機嫌を直したのを見て、フロレントを除く面々が『あまりにチョロい』と、自分たちがなぜこれに負けたのかと疑問すら抱いた。