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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第38話「顔で笑って、心で泣いて」



────それは自分を愚か者だと言った。意味が解らなかった。ひとつ言えるのは、ワタクシはそれを愛したという事。滑稽で、粗雑で、だが実際には何よりも繊細な硝子細工。ああ、なんと美しいのだろうか。


『滑稽だからこそ、彼らはワタクシを見て喜んでくれるのです。ワタクシは笑顔が見られれば十分。それが生き甲斐であり、仕事でありますから』


 あれは嘲笑だ。彼を愚か者だと指をさしているのだ。なぜ腹が立たない。なぜ苦しくならない。なぜ牙を剥かない。なぜ、なぜ、なぜ?


『苦しいときだってあります。ですがワタクシは道化師。人を愉しませ、自らも愉しむ。顔で笑って心で泣けばいい。笑顔は幸せを手繰り寄せる魔法ですから』


 懐かしい思い出。人の世あってこその思い出。一度は壊そうとしたものが、こんなにも愛しく思うときが来るなどとは誰が思おうか────。








「……ン。あぁ、夢でしたか」


 広い部屋の中、山積みなふかふかのクッションの上に寝そべっていたゴグマが、フッと小さく息を吐く。


 ゆっくり起き上がって、落とさなかったメイクの事を思い出す。


「あァ~! 綺麗にするの忘れて寝ちゃってた!? イケナイ、ワタクシこれでも結構綺麗好きな方なんですけどォ……!」


 大きな魔力を取り込んだがゆえに、馴染むまでの負担があった。すべての戦いが終わり、ひとまず皇都へ戻って来てからゴグマは部屋に戻るなり休憩のつもりで休むはずが、いつの間にかぐっすり眠ってしまった。なんの警戒心も抱かずに。


「ゴグマ、起きてる? 私だけど……」


 そっと部屋の扉を開けて、美しい薄青の瞳が落ち着かない様子で覗いてくるのを、彼は大きな手をひらひら振って安心させる。


「おはようございますゥ。あの、ワタクシってどれくらい眠って?」


「ひと晩だけよ。今は朝で、食事の準備してるから起こしに来たの」


 労いの意味も込めてヤオヒメを主導に、フロレントには待ってもらおうと厨房からも追い出されてしまい、仕事のなくなった彼女はせっかくなら休んでいるゴグマのところで話でもしようかとやってきた。


 近くの大きなクッションにぽすっと腰掛けてニコニコする。


「みんなが来てくれて嬉しかったけど、あなたも一緒に来てくれるとは思ってなかったわ。てっきり魔界に帰っちゃうんだとばかり」


「……あちらにいても退屈ですからねえ」


 魔界はいつでも血の気が多い。多少は話の分かる魔族であればわざわざ争うまでもないが、本能に従って戦いに明け暮れる相手を選ばない有象無象が(ひし)めく場所で心が安らぐ事など、まず在り得ない。


 そのうえ彼には、自分と戦う価値ある存在がエスタやシャクラのように、種として極まった高みにいる者でなければ、ただ要らないものを処分する作業となんら変わらないので、人間界にいた方が今は愉しいのだ。


「じゃあ、せっかくだから色々聞いてもいい?」


「食事までの時間でしたらぜひ」


「……うん。それなら、あのマンセマットの事なんだけど」


 フロレントが尋ねたかったのは、なぜ彼が自分と同じアドワーズの血統を持つ人間の姿をしていたのかが気になって仕方がなかった。特にゴグマが放った『アドワーズの血統の遺体を遣って体裁だけは保った軟弱者』という言葉が、ずっと胸の中に引っ掛かっていた。


「彼は魔族と呼ぶには弱小で、かといって魔物と呼ぶには少々厄介な性質を持つ者。遺体に宿る寄生虫。あるいは呪いの塊とでもいいましょうか。魔界の瘴気から極めて稀に生まれる魔族なんですよ」


 ゴグマがアドワーズの人間そっくりの人形に、黒いボールを用意する。


「アドワーズの血統でも、その魔力は徐々に小さいものになっていきましたが、それでも何代かを過ぎるまでは当たり前のように魔法を使っていました。そのうちの誰かの遺体を彼がクレール同様に回収し、自分の肉体として用いたのでしょう。寄生する先の魔力が大きなものほど強さに影響しますからねえ」


 人形の中に黒いボールを捻じ込み、ぴょこぴょこ両手を動かしながら話す。フロレントは分かりやすさにうんうん頷きながら、次の質問を投げかけた。


「クレールの体では駄目だったの? そうすればマンセマットも自分の力でゴーレムを動かせたでしょうに」


「あの方には出来なかったんです、クレールの遺体を乗っ取る事が」


 テュポーンの魔核を制御できるのはクレール・アドワーズという器があってこそ。しかし、その反面、魔核の中に留まっている必要があり、エスタやシャクラのような魔族の中でも別格の存在からは守り切れない。


 だから乗っ取らなかった。乗っ取れなかった。本来であればエスタ・グラムを使うはずだったが、マンセマットの計画はフロレントが彼女を目覚めさせた事から始まり、徐々に大きく狂ってしまう。


 気を遣って魔核にも、魔族が接触した際に弱化の呪いを掛ける防衛術を仕込んでいたが、ゴグマはフロレントであれば可能であると分かり彼女に剣を託した。その結果は見事と言わざるを得ない結末を迎え、大いに満足できるものだった。


「あなたとしては辛いでしょうが、あのまま二個目の魔核を機能させてしまえば我々が敗北する可能性もゼロではありませんでした。なので、最初からワタクシが準備していたマンセマットの代替品を爆弾にして、魔力の補充を阻止した上で、クレール・アドワーズの遺体も処理する必要がありました」


 彼なりに下調べをしたが、結局マンセマットの代替品として構築された肉体全てを発見するには至らず、おそらく魔核も誰かが持っているだろうとは分かっていても特定ができなかった。


 そこで仕方なく爆弾に用いる事にして、クレールの遺体ごと消し飛ばしてしまうのが最も適していると考えた。


「すみませんねえ。処理せずに済む可能性も考慮して、クレールの遺体の存在は知っていましたが、そのままにしておいたんです。でも結局はああするしかなかった。……本当にすまない」


 膝に手をついて、ぐっと頭を深く下げる。クレールと交わした契約を守り、自らが愉しいと思える世界を守り、彼女の血統も救った。力も取り戻せたが、本来返すべきはずのものを失ってしまった、と。


「気にしないで。あの人はきっと全部知ってたんだと思う」


 最後にみたクレール・アドワーズの優しく温かい笑顔。『私より強い子だ』と言って、外に放り出されたとき、彼女は覚悟していたのだと知った。自分という存在が世界から抹消される事を。


 それが未来を視た者の選んだ結末であり、最期に自らの子孫によって討たれる瞬間、心から自分の選択が間違っていなくて良かったと思わせた。


 魔力を通じてフロレントは彼女の感情を身に受けていた。


「そうですか、彼女は分かっていたのですか」


 封印される直前の事を思い出す。笑顔だったのに妙に寂しさのあるクレールの姿。最初から全て知っていたのだとしたら、その命さえもが粗末に扱われると知っていたのだとしたら、彼女はなんという道化であろうか。顔で笑って心で泣いて。ああ、その姿こそが美しく尊いものだと、今また彼は強く想う。


「フッ、ククッ……。どこまでもワタクシを愉しませてくれる方ですねえ。いやはや参った。まだまだ道化師の身としては至らないようです」


 大きな手が、フロレントの頭にやんわり触れる。


「不思議ですねえ。アナタの復讐は成し遂げられたのに、まだクレールの代わりと呼ぶには若すぎる。……強くなりなさい、フロレント。そのときまでワタクシは、あなたの味方で在り続けましょう」


 懐から出て来た契約書がふわりと舞って燃えカスになる。フロレントと繋いだ契約は済んだが、自分の帽子の中から取り出した道化師のぬいぐるみをそっと彼女に抱かせて優しく笑った。


「契約書は必要ない。クレールがワタクシに示した、この愉快な世界を紡ぐ姿を、ぜひ見せて下さい。いつでもどこでも見ていますので」


 パンッと風船が割れるようにゴグマが消え、色とりどりの紙吹雪が舞った。一人残されてぼーっとしていると、後ろで扉がきいっと開く。


「ん? なんじゃ、てめえだけか。気配がしたのに」


「あ……さっきまではいたんだけどね」


「ふーん。俺様のメシはいらねえってか」


 今回の事でそれなりに世話になったのだからメシくらいは豪勢にしてやろうと準備したのに、せっかく礼を尽くす相手がいないのは残念だと頭を掻く。


「ふふっ。どうかしら? きっと楽しみにしてると思うわ」


「ハッ、俺様がわざわざ顔見せに来てやったのに逃げた奴が?」


 気に入らなさそうにするヤオヒメと一緒に食堂へ向かうと、誰よりも先にシャクラとゴグマが二人揃って「なんだ、遅いぞ」「お腹空いちゃいましたよ」と声をあげて、フロレントの言った通りだと目を丸くした。


「ね、言ったでしょ?」


「……気に入らんのう」

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