第36話「本物と紛い物」
シャクラたちと交戦中だった複製体たちが突然、戦闘を中断した。マンセマットの代替品も、その全てが戦う意志を持たず、本体が杖を差し向けたゴーレムの魔核を目指して飛んでいく。
「貴公、いったい何をするつもりだ」
魔核から黒い無数の腕が伸びて複製体たちを取り込む。目論むのは魔核の再起動。内部で眠るクレールを無理やり動かすために、彼女の中に埋め込まれたままの壊れた魔核に複製体たちに与えた魔力を注ぐ。
「私が万が一にも君たちに破壊されたときの事を考えないとでも? 予備の魔核は用意してある。あの複製体の全てが供給源となって新たな魔核の力となり、再びクレール・アドワーズをゴーレムの動力として蘇生させる」
はあ、と彼は大きなため息を吐く。
「君の言う通りだ、エスタ・グラム。私自身では、あのゴーレムは動かせない。だから盗んでおいたクレール・アドワーズの遺体を、ルヴィ・ドラクレア嬢がやってみせたように魔族と人間の魔力を結び付けて動かした。あの魔核はいわば他の種から得られる魔力を人間が扱えるように変換ができるのだよ」
人間は魔核を持たないため、生命の源となる魔力さえ宿せば蘇生が可能だ。だから新たに創造した特殊な加工の魔核を埋め込み、得た魔力の全てをクレール・アドワーズが本来持つ魔力へ変換。そうして継続的に魔力を供給する事で一時的な蘇生を行い、魔核に施した命令の刻印でクレールを操っている。
一度は破壊されても、完全に魔力が消滅するより先に新たな魔核を埋め込んで魔力を供給してしまえば再び蘇生できる、と彼は豪語した。
「破壊する手段を持っているか確かめるためのひとつ目。ふたつ目はそうはいかん。今度は確実に守り切れるよう他の刻印も施してある」
呪術に精通するマンセマットの新たな魔核は対象となる敵から身を護る命令も受けている。エスタたちが近づけば、彼女自身がゴーレムと共有する魔核の巨大な力を得て反撃に出るように。
「私は死んでも構わない。まだ代替品はある。だがゴーレムを止める事などさせない。お前たちがいくら強かろうとも、最強の大魔導師を動力とした我がテュポーンを止める手段はもはやありはしないのだ!」
勝利に近い宣言。ゴーレムが再び動き出す予兆か、魔核の内部から黄金の輝きがちらつき始めた。クレールを蘇生させようとしている。
「貴公、よくも! 何が魔族の時代だ、恥知らずが!」
フロレントを一歩下がらせて剣を構える。
「無駄だ、無駄無駄! もはやゴーレムは止められない!」
杖を構えて弱化の呪いを掛けようとする。エスタの威力を一瞬でも落とせれば構わない。たとえ背中から誰かに貫かれようとも。首を刎ねられようとも。完全に蘇生できればいい。ゴーレムの魔核は生半可な衝撃では破壊できない。それこそエスタの全力の一撃を以てしても破壊できないよう、耐久性にも優れた。
だが、彼はひとつだけ誤算があった。────内側からの攻撃は避けられない。対応も出来ない。突然、黄金の輝きが魔核の内部で起きた爆発で止まってしまい、再び動き出そうとしたゴーレムがまたしても沈黙した。
「……!? な、なぜだ、テュポーンよ!? いったい何が……!」
「イヒッ、どうも複製体に爆弾が混ざってたようですねえ~!」
ゴーレムの足の上に座って、ゴグマが足をばたつかせながらマンセマットをゲラゲラとあざ笑う。先んじて見つけておいた代替品を動く爆弾に変えておき、クレール・アドワーズの遺体を魔核ごと吹き飛ばして内部で消し炭にした。
「こんな手段で彼女の遺体を消滅させるのは残念ですけども、アナタに勝利するためならばきっと喜んでくれるでしょうねえ」
「き、貴様アアァァァッ! なぜそうまでして連中の味方をする!? 我々魔族の時代が来れば、その身に余りある欲求を満たせるというのに! 愉悦を求めるのであらばなぜ私と共に在ろうとしない、退屈はさせないと言ったはずだ!」
ゴグマは彼の怒りに嗤うのをやめて、魔核を指差す。
「あの魔核はゴーレム如きに相応しくない。ワタクシと価値観の相容れない者と共に在るなど退屈この上ない。それだけの事ですよ、マンセマット」
状況が変わり、戦うのを終えたシャクラやヤオヒメたちも戻って来るが、ゴグマだけが様子がおかしかった。明らかに魔核を見据えて────。
「なんて見てくれの悪い。栄養たっぷりには見えますがね」
パチンッと大きな指を鳴らす。巨大な魔核が突然収縮して小さくなり、ころんと空から落ちて来る。ゴグマが腕を伸ばし、その手に魔核を掴んだ。
「もうそろそろ頃合いですかねえ。皆様には改めて自己紹介をさせて頂く事にいたしましょう。今日まではゴグマ・ファリ。それはこれからも変わらないとは思いますが」
手に持った魔核が、一個の赤いリンゴに変わった。
ひと口に口の中へ放り込み、咀嚼して魔核のエネルギーを自らに吸収させる。本来であれば一度に吸収できる量ではないはずだが、彼は平然とした。
「かつては最強の魔族。ですが今や抜け殻となった、あくまでどこにでもいる程度の存在。ちょっと力を取り戻したかっただけの過去の遺物。しかしファクティスなどという紛い物の土くれとは違う。────ワタクシこそがテュポーンそのものなのです」