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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第35話「何があっても駆け抜けろ!」

 戦わねば勝ち取れない。勝ち取らなければ終わらない。前に進み続け、ずっと追い求めて来た平和を手に入れるためには、立ち止まってはいられない。


「よくぞ言った、我が契約者! さあ行くぞ!」


「俺も愉しくなってきたよ。ゴグマ、お前はどうだ?」


「中々に愉快ですとも! 共闘とは悪くない!」


「てめえらは仲が良いんだか悪いんだか……」


「アタシは良いと思うけどね。こういう空気感もさ」


 各々が臨戦態勢を取り、最初の一歩を同時に踏み出す。


「走れ、契約者! 今のそなたならば魔法を使って駆け抜けられるはずだ! 疾駆する己をイメージして前へ進み続けろ! 何があっても!」


「もちろんよ、エスタ! 私だって役に立てるって証明するわ!」


 ゴーレムの巨大な体を駆けあがるには、塔のように聳える脚部からになる。普通の人間ならば数歩が限界だとしても、魔法を扱えるフロレントにはただ地続きの道を走るのと変わらない。シャクラが両手を重ねて小さく屈んで支えとして待った。


「踏み台だ、フロレント! 行けるな!?」


「ええ! ありがとう、行ってきます!」


 少しでも距離を縮めるため、フロレントの体をシャクラが軽く飛ばす。高く登った先に待っていた複製体のメイデスが落下の勢いと共に拳をフロレントに振り抜こうとするのを、前に出たヤオヒメが蹴り飛ばした。


「ビビらず走れ、誰が来ても俺様たちが切り拓いてやる!」


「頼りにしてるわ! 絶対に後ろなんか見ないから!」


 途中、正面からセイガンとシャクガンの姿が見える。フロレントの背後から通り抜けて来たゴグマが無数のボール爆弾を投げて煙幕を広げ、彼女の体をさっと小脇に抱え、境界に向かって伸びる巨大な腕へ跳んだ。


「こちらからの方が走り易いでしょう? さ、お行きなさい」


 彼の背後に複製体のペルーダが槍を持って迫るが、振り向きもせず帽子の中から出て来たずんぐりむっくりな道化師の二体の人形がナイフで防ぐ。


「ここはワタクシが。あともうひと踏ん張りですよォ、愉しんで!」


「後で色々聞かせてちょうだい。そっちのほうが楽しみだから」


「フッフッフ……ええ、いいですとも! お待ちしておりますよォ!」


 ゴグマに背中を預けて走りだす。あと少しだ。もう少しで辿り着く。前方から咆哮を放つハーティの突進にも臆さない。立ち止まらない。


「上出来だ、契約者! そのまま進め!」


 並走してきたエスタが剣を振るって切り裂き、瞬時に灰にする。スレイヴとエスクラヴが召喚した骸骨の波も蹴散らして道を拓く。


「数が多いし意外と強いな! 私がここで押さえておく!」


「よろしくね、エスタ! いつもありがと!」


「帰ってから褒めてくれれば十分だ。……クレールを頼む!」


 まだ敵の妨害は続く。巨腕を伝って魔核までひと息に跳ぼうとした瞬間、目の前に黒い渦が現れてマンセマットが戦線に復帰したのだ。彼の体から放たれる怒りが目に見えるほどで、杖が剥がれて仕込まれていた刃がむき出しになる。


「ここから先へ進めると思うな、小娘! 貴様らの思い通りになどさせると思うか! アドワーズの血如きが私の計画を邪魔するなど許さん!」


「それはこっちの台詞よ、カラスさん!」


 彼がフロレントを切り捨てようと振りかぶった瞬間、横から飛んできたルヴィが彼女の手を掴んで身を翻しながら躱してみせた。


「へへーん、ルヴィちゃんが一番美味しい所いっただきィ!」


「素敵よ。仕上げをお願いしてもいいかしら?」


「当たり前! 行ってきなさい、あんたに全部託してあげる!」


 魔核に向かって全力でフロレントを放り投げる。勢いのままに剣を両手に持ち、切っ先を突き立てる。伸びて来た無数の腕に捕まり、彼女は魔核の中へ取り込まれていきながら内部にいるクレールと目が合う。


「ご先祖様……。いいえ、クレール・アドワーズ。どうか安らかに眠ってちょうだい。あなたの千年先へ捧げた祈りは、この私が引き継いであげるから」


 その胸に深く突き刺さっていく剣が、彼女の中の魔核を貫く。黒と黄金の混ざった魔力が煙のように吐き出され、魔核はひび割れていった。


 大きな揺れが生じる中でもフロレントは剣を限界まで突き刺す。不甲斐ない子孫だと思われたかもしれない。もっと自分に力があれば父も母も、大切な人たちも失う事なく、何度も泣いては立ち上がる事もなかった。こんなにも時代が変われば人間とは脆くなるのかとクレールも嘆く事だろう、とフロレントは申し訳なさを感じながらも、まっすぐな決意を瞳に宿す。


「……あ、りが、と。きれいな、おじょう、さん」


 優しく伸びたクレールの細く青白い手が、フロレントの涙を拭う。


「私の、祈りを、繋い、でくれ、て、ありがとう」


 魔核が破壊された事により、クレールは僅かだが自身の中に残る小さな魔力だけで息をして、千年先まで続いた血統を継ぐ者を見つめて微笑む。


「良かった。私よりずっと、強い子だ」


 とん、と軽く胸を押す。ほんの間を置いてフロレントの体が軽くフッ飛ばされて魔核の外へ弾かれる。宙に投げ出された彼女の体をエスタが抱きとめた。


「────見事だった、契約者よ。私からも礼を言おう」


「うん……。でも、あなたも話したかったでしょうに」


「いや、構わん。今の私に必要なのは過去(思い出)ではなく現在(そなた)だ」


 遠い昔に縛られるほどエスタは弱くない。共に歩く事のできなかった未来に残念だとは思っても、今は隣で自分を信じてくれる家族がいる。それだけで十分すぎるほど満たされていた。


「ゴーレムはどうなったの?」


 地面に降り、フロレントは動かなくなったゴーレムの今はもう黒い輝きを失った魔核を寂しそうに見つめる。あの中には、まだクレールがいるのだ。


「動力源として、あの剥き出しの魔核は生きている。だがクレール……奴はテュポーン・ファクティスと呼んでいたか。あれが動かす必要があったようだ。魔核の中に入り込み、膨大な魔力の奔流に耐えられる肉体でなくてはならなかったのだろう。マンセマットとやらでは無理だ」


 小さな瓶の中に許容量以上の魔力を留めて操るのは不可能だ。マンセマット・フェルニルでは耐え切れない。だからこそクレールか、あるいはエスタが必要だった。彼女たちのどちらかであれば確実に耐えられると分かっていたから。


「────後は貴公だけだな」


 立ち尽くすマンセマットが、呆然とゴーレムを見あげて動かない。


「どいつもこいつも私の邪魔ばかり……。創った複製体共は役立たず。ゴグマが裏切る事など想定にはあったが、シャクラ・ヴァジュラまで再生させるとは実に度し難い。ようやく私のテュポーンが目覚めたと言うのに」


 杖で地面をコツンと叩く。あちこちに黒い煙と共に、マンセマットが自身の代替品として用意していた複製体が次々と現れた。


「正直驚いたよ。なぜクレールに使った魔核が人間でなくては壊せない特殊な加工を施してあると分かったのか……。いずれにせよ、まだゴーレムは動く(・・・・・・・・・)。このままで終わらせるつもりはない」

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