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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第34話「サプライズ!」

 無惨にも。無情にも。目の前に転がった傷ついた魔核が現実を叩きつけて来る。ヤオヒメの体はまったく残っていない。再生するにも完全に消滅させられた状態では多少なりとも時間が掛かる。


「惨めだな、エスタ・グラム。君ほどの魔族が、たかがあんな人間一匹を助けるために同胞を失い、あまつさえ自らも敗北の道を辿るしかない」


 膝から崩れて俯いたままのエスタの頭に杖の石突を押し付け、クックッと嘲笑をマスクから溢れさせる。こんなにも気分が良いのは初めてだと言って。


「ゴグマ、魔核を回収してくれたまえ。ルヴィ・ドラクレア嬢にはまた改めて礼を言わねばなるまい。エスタ・グラムも禍津八鬼姫も、今となっては無用の長物だ。ゴーレムの養分にでもしておけばいい」


 ゴグマが拾おうとすると、槍が飛んできてヤオヒメの魔核を守った。逃げたはずだったルヴィがフロレントと一緒にどうしても見捨てられず戻って来たのだ。


「それに触んな。アタシたちの家族に触れたら殺す!」


「……怖いですねえ。でも良いんですか、勝てませんよ?」


 マンセマットが杖で手を叩くのを合図に、これまで倒してきた全ての魔族たちの複製体が現れた。今となっては最も容易に倒せた骸骨の魔族、スレイヴでさえ重荷だ。戦力差は明白。既にエスタも戦える状態ではなかった。


「何やってんのよ、エスタ! 逃げるわよ!」


 返事がない。自分はここまで弱かったのかと絶望に打ちひしがれ、呼びかけが聞こえていなかった。悔しさすら感じない。ただひたすら胸の中に大波となって絶望と悲しみだけが押し寄せている。


「エスタ、しっかりして! なんのために私と約束を交わしたの!?」


「……契約者。すまない、私には無理だ。勝てない」


 ゆらっと立ち上がり、剣を手から落とす。敗北を認めた証だった。


「わざわざ心配して戻って来てくれた事、礼を言う。嬉しかった、私を大切に想ってくれて。貴公らだけでもせめて逃げてくれ」


 振り返り、悲しそうに微笑む。フロレントやルヴィだけならば逃げたところで抵抗する力もないのだから、わざわざすぐに追いかけて殺す事もないかもしれない。もう自分には戦う気力が湧いてこない、と諦めた。


 マンセマットが顎で指示を送り、ペルーダの複製体が槍を掲げ、背後からエスタを貫こうと構えた。敗者に待つのは死のみ。ここまでだ。


「やめて────────ッ!」


 フロレントが叫ぶと首飾りが青白く強い輝きを放った。同時にフロレントの体からも黄金の魔力が呼応し、二つの魔力が混ざり合う。


『やれやれ。どうやらまだ死ぬには早いらしい』


 通されていた紐が千切れ、混ざり合った魔力を纏った魔核が宙に弾けて雷鳴を周囲に響かせる。誰もが驚いて呆然と光景を見つめる一瞬の中で、二つの魔力が共鳴して雷光となり、エスタの背後にいたペルーダの複製体に直撃した。


 あっという間に塵へと変えられ、彼が立っていた場所には、誰もが色濃く染まった絶望の黒を真っ白な希望で塗り潰す祈りが呼び覚まされた。


「ぬうう……! どいつもこいつもしぶとく生きているとは……!」


 マンセマットが杖を怒りに震えて圧し折った。仕留めたはずの強敵が、目の前に立っている。大きなあくびをして、心底退屈であったかのように。


「……さて、少し眠り過ぎていたか?」


 フロレントが顔を明るくしながら涙を溢し、彼の名を呼んだ。


「シャクラ! 助けに来てくれたのね!」


「感謝なら俺にはするなよ」


 ククッと笑って腰に手を当てて、嘲った視線をマンセマットへ送った。


「どうしても欲しいものがある奴が、色々と仕組んだおかげだ」


「……!? 馬鹿な、まさかこの状況まで全てなど────」


 マンセマットの体が大きな腕に背後から貫かれる。


「いやあ、スミマセン。ワタクシってば演出とサプライズがとっても好きで好きで仕方なくってね。あ、でもアナタの事は嫌いでして」


 手に握った魔核を握り潰すとマンセマットは事切れた。腕を引き抜き、倒れた彼を見下ろして蹴り飛ばしてから、けらけらと可笑しそうにする。


「いやァ、皆様の絶望する顔をたっぷり堪能させてもらいました。……あらら、なんでワタクシを睨むんです? 生きてるんだから良いじゃないですか!」


 全ては彼の手のひらの上。誰が気に入るものだろう。最初から味方してくれればとうんざりするのは仕方がなかった。


「いつから私たちまで騙してたの?」


「騙してたなんて人聞きの悪い。ワタクシが契約した時からですヨ」


 金で出来たナイフを手に、フロレントへ差し出す。


「さ、まずは受け取って。ワタクシの事は後でゆっくり説明して差し上げますから、今はあのゴーレム……クレールを倒せるのはあなただけですからね」


 マンセマットが代替品で目覚めるまではやや時間が掛かる。それまでの間、指示のないゴーレムはフロレントたちを標的とは定めずに歩きだし、大きな腕を伸ばして目に見えない境界へ触れて穴を開けようとした。


「人間界と魔界の境界は、いわば絶大な魔力の壁によって隔たれているに過ぎません。ひとつの部屋を一枚の薄い木の板で無理やり二つにしたようなもの。あれはその板に穴を開け、全てを壊そうとしているんですよォ」


 つまり! と帽子を片手で押さえながらバシッと魔核を指差す。


「クレールをアナタが止めるんです、アドワーズの末裔。あの内部に入れるのは黄金の魔力を持つ選ばれた者のみ。そして何よりあの複製体たちは本物よりも強い(・・・・・・・)。ワタクシたちが魔核ごと壊すのは難しいので……全力で、あの場所まで我々がお守り致しましょう! ネ、皆さん、それくらい余裕ですよねえ?」


 言わずもがな。戦う能力はなくとも手助けならとルヴィも気合十分。複製体たちも迎え撃つ準備だとばかりに、いったん下がっていく。


「なんじゃ、まったく。俺様の事は放りっぱなしかい」


 地面に転がった魔核から放たれた黒い煙が纏まって一気に霧散するとヤオヒメが普段通りの姿で復活する。僅かな時間で既に魔力もしっかり取り戻し、燃え盛った尾が大きく広がってエスタたちを包む。


「あのクソみてえな状態でも話はきちんと聞いておったぜ。────総力戦にゃあ俺様の手助けが欠かせんじゃろう?」


「アナタらしくて好きですよ、ワタクシの事は嫌いでも」


 チッと強めの舌打ちをゴグマに向けた。


「あのよォ。俺様は恩知らずなクズじゃねえんだ。てめえに二度も助けられておいて、ここでジッと休んでたらただの恥晒しじゃろうが」


 ごほんっ、と咳払いをしながら少し頬を赤くする。


「……今は礼を言うておく。とにかく急ごう、時間がないんじゃろ」


「そうなんですよォ。相手様も随分と待ってくれてますし?」


 簡単な指示のみが刻まれた紛い物の魔核では、わざわざ自ら襲い掛かって来る事はなく、マンセマットがいない限りはゴーレム防衛が最優先される。またクレール自身もゴーレムを操ってはいるが、自己防衛と境界の破壊のみが基本として組み込まれているのみだ。ゴグマはそれを知っていて彼を先に仕留めていた。


「では契約者様。ここはひとつ号令をば」


「ええっ!? えっ、あっ、いや、えっと!?」


 全員がフロレントを微笑ましく見る。ただただ戸惑うばかりで何を言っていいかも分からず、深呼吸して気持ちを落ち着かせ、ゴーレムの魔核を見据えた。手に持った剣を片手に切っ先で標的を指し示して────。


「とにかく勝ちましょう! 私たちがあれを止める。この戦いを終わらせて……みんなで一緒に楽しく過ごせる時間を取り戻すのよ、絶対に!」

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