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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第33話「盾となりて」

 千年以上を費やした偉大で崇高な一歩。かつて人間という種に大敗し、小さな世界へ追いやられた長きに亘る魔族の退廃的な時代は終わる。


 永劫の平和と勝利を信じて堕落に生きた人間たちの浅ましき時代に終止符を打ち、数多の生命を討ち、這い寄り闇へと引きずり込んで、築き上げてきた栄光を瞬く間に黒く染めてやろう。そうして新たな混沌が産み落とされ、世界は再構築される。待ちに待った新時代の幕開けだ。感動しないわけがなかった。


「ああ、我が願いがようやく実を結ぶ。だが、まずは邪魔な連中を始末しておこう。飢えた犬が棒を恐れる事はない。彼らもまた同じだ」


 魔核の中にいるクレールの視線がエスタたちを捉える。ゴーレムが腕をまっすぐ伸ばして手を広げ、巨大な黄金の魔法陣が展開された。


「馬鹿な。あれはクレールの魔法だ……!」


「おい、エスタ! 俺様の尻尾を使え、魔力を────!?」


 振り返ろうとした瞬間、何者かの突進によってエスタから遠ざけられる。鈍く輝く派手な甲冑を纏う、太い尾の伸びた魔族。マンセマットが創り上げたペルーダ・タラニスの複製体だ。


「ちくしょう、なんじゃコイツは……! 邪魔しやがって!」


 なんとか振り払ったときには手遅れだ。クレールの魔法陣から放たれた無数の光線が、エスタたちに襲い掛かった。避けきる算段はなく、真正面からの飛来に対して立ち向かう事だけが生き残る手となった。


「ルヴィ、そのまま突っ走ってフロレントを連れて身を隠せ!」


「分かった、任せて! あんたも死なないでよね!」


────動けるだけの魔力は残しておいた。たとえ相手が、かつて敗れた者だとしても。愛した者だとしても。尊敬した者だとしても────。


「今ならば分かるとも、クレール。背中を預ける事の意味が。駆けだす者たちの苦痛が。大切なモノを守るために背負った覚悟の大きさが!」


 胸の前に剣を掲げ、赤黒い魔力の壁が展開されていく。


「我が誇り、我が命こそは盾。騎士に殉ずる運命の誓いを我が主君に捧げよう!……どうか保ってくれ、私の命よ! 少しでも長く!」


 豪雨のように降り注ぐ光の束を耐え凌ぐ。目から、鼻から、口から血が流れる。全身が痛みに騒ぎ立てて震える。それでもなお大地に立つ。


────耐える。耐える。耐える。有象無象を蹴散らして頂点に立ち、全てを支配した気でいた。やがて人間の世界に興味を持った。心とはなんだ。愛だの友情だのと下らない。生きるか死ぬかの瀬戸際で他者を想う理屈が分からない。


 分かろうともしなかった。愚かだと断じたのは我々だが、本当に愚かであったのもまた我々だった。人間とはなんと希望に満ち溢れた存在か。ただの微笑みが、ただの優しい言葉が、ただの何気ない日常が今の私には愛しい。


 感情など要らないと言った昔の自分の、なんと間抜けな事だろう。負けた理由がいくつも思い浮かぶ。だが今は負けたくない理由がいくつも思い浮かぶ。


「よお、てめえ一人でよく頑張ってるじゃねえか」


 背後からヤオヒメが尾でエスタを包む。魔核が悲鳴を上げる彼女を助けるために、自ら渡せる魔力を即座に補充させた。


「助かるよ。だが、どうも少し遅かったみたいだ」


「わかってら。でも死ぬ事はねえじゃろ」


 フッとお互いに笑った瞬間、魔力の壁が硝子のように割れた。降り注ぐ光が草原の広がる大地を荒野に変えていく。フロレントはもう遠く離れただろうか。守ってやるといいながらなんて様だと地面に倒れて空を仰ぐ。


 自分の体は形を保っている。それだけは分かったが、指がぴくりと動くだけで立ち上がる事が出来ない。目を動かせばヤオヒメが彼女の前に立っていた。


「……ふう。ちと俺様も魔力を使い過ぎたか」


 千切れ飛んだ腕。穴の開いた脇腹。顔面は右上が潰れている。再生はするが、少し速度が落ちた。ゴーレムは再度、魔法を放つ準備をする。


「何度でも盾になってやると言いてえが、そうもいかねえな」


 ヤオヒメの無限の再生力は厄介だ。クレールでさえ倒しきれない怪物を倒す手段を持つマンセマットがゴーレムから離れて彼女の前で杖を構えた。


「正直言って君が一番厄介だ。何度も何度も立ち上がられては鬱陶しい。ここで死んでもらわねば、いつまでも邪魔ばかりされるのも困るのでね」


 僅かな時間で回復したエスタが立ち上がった。剣を手に、再びゴーレムの魔法が放たれるより先に助けようと手を伸ばす。


 弱化を掛けられて魔核を奪わてしまったらヤオヒメの不死性が意味を失う。これ以上誰も死なせたくない。そんな必死な表情に彼女は優しく微笑んだ。


「後はてめえでやれ。俺様に出来る事はしてやった」


 全身を押し返す颶風によってエスタは吹き飛ばされる。


 ヤオヒメには分かっていた。もう一度の盾を展開する時間はない。巻き込まれれば彼女の魔力を回復させる前に今度こそ塵になってしまう。ならば自分ひとつの犠牲で勝利への兆しが見えるのなら命くらいどうって事はない、と。


 ふ~っ、と煙を吐き、自らの首元に浮かぶ弱化の紋様を感じ取りながら、降り注ぐ光を前にする。背中に絶叫にも近い呼びかけを受け止めて────。


「やれやれ……。ガキ共のお守りは辛ぇのう」

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