第32話「冒涜者」
あらゆる死体を捕食させ、魔力を蓄えさせたテュポーン・ファクティスを動力源とする超巨大ゴーレムの起動。ただでさえ創った魔核は規格外の魔力を必要とするため、見合う魔族であったエスタ・グラムを手に入れる事は難しいのであればと造った大きな器。そこにゴーレムを動かす者が必要となった。
最初から想定されていた事だ。だから事前に用意はしてあった。本能的に戦いを知り、魔法を操れる者。死体でも構わない。人間でも魔族でも見合う者が存在していれば有用性はある。だからいつかは使う事もあるかもしれないと密やかに大切に保管しておいた、とある人物の遺体。
名をテュポーン・ファクティスとして蘇らせたゴーレムの要。
「アタシ、あんなの見た事ない」
恐怖さえ感じる魔力。歪に輝く黒に近い紫の輝き。揺れが収まって降りて来たルヴィが息を呑む。魔力を得たフロレントも、その強大さを肌で感じた。
「……エスタ?」
全身を凍てつかせる恐怖心より、フロレントはエスタが呆然と固まっているのに気付いて、彼女の手に触れた。「どうかしたの?」と尋ねると、彼女は視線を逸らす事なく握り返して────。
「……冒涜者め。クレールの遺体をどこで手に入れた?」
ゴーレムに取り込まれた魔族────否、魔族と呼ぶ事が正しいのかは分からない。フードの脱げた素顔が露わになったとき、エスタは即座に気付いた。他の誰もがゴーレムの巨大さに目を奪われる中、魔核に取り込まれた者の姿だけが彼女の視線を釘付けにさせたのは、それがクレール・アドワーズだったからだ。
遥か高いゴーレムの肩に乗ったマンセマットが満足そうに笑う。
「どうだね、諸君! これが私が長き年月を掛けて創り上げたテュポーンの魔核だ。美しい輝きだろう? 何万、何十万の魔族や魔物、人間たちの魂を取り込ませ、魔力を混ぜ合わせた、かつてない魔神の魔核だ!」
事実がどうあれ倒さねばならないと分かる相手にエスタはそっとフロレントの手を離して両手に剣を握り締めた。
「契約者よ。あれは随分若かったが、クレールはどう死んだ?」
「えっと、伝え聞くかぎりだと子供を産んで直に亡くなったと……」
「当然と言えば当然だな、我らと戦って長生きする方がおかしい」
クレールは大魔導師だが、あくまでやはり人間だ。常軌を逸した才能と実力を持つだけでも『人間離れしている』だけでしかない。ルヴィから始まり、ゴグマやルヴィ、シャクラにヤオヒメ。そして最後にはエスタを相手にして勝利したとはいえ、片腕を落とされるほどの激闘を経ての勝利だったのだ。肉体への負荷は並のモノではなかったはずだとエスタは歯軋りした。
激闘を制したクレール・アドワーズを死後に遺体を攫うだけでなく、道具として扱う。狡猾と呼ぶ事さえ躊躇う、魔族の中でも最悪の所業。
「……業腹だが、今は冷静でいよう。まずはアレを止めなくては」
ゴーレムを見あげる。胸部の魔核は巨大だ。的と見るなら破壊は容易いが、操るのがクレールでは話も別。既に想像以上の耐久性を持つと考えれば、全力で一撃を撃って隙を作り、魔核を破壊する他にない。
「オウ、やる事は見つかったかよ。俺様に出来る事は?」
ヤオヒメが煙を吐きながらやってくる。思わしくない状況にしかめっ面が戻らない。ただでさえ巨大。そして強大。全力の一撃を放つとして、マンセマットも阻止するだろう。もはや彼を倒せば済む話ではなくなった今、ヤオヒメとエスタの二人だけで突破しなくてはならない現状に嘆きがあった。
「ったく。結局ゴグマはどこ行ったんじゃ」
「さあ、知らん。あれは契約していようがいなかろうが自由気侭だ」
剣を構え、身に宿る魔力のほぼ全てを刃に集めた。
「いずれにせよ我々がすべき事は変わらん。ヤオヒメ、貴公ならあの剥き出しの魔核など容易く壊せるはずだ。私が道を切り拓く!」
剣を振るい、刃に集中させた魔力を解き放つ。
「────《我が栄冠は誓いと共に》!」
赤黒い魔力の斬撃がゴーレムの魔核を狙う。たとえ腕で防がれようとも吹き飛ばし、破壊はできずとも魔核まで届いて傷付けられる確信。ヤオヒメの追撃があれば確実にクレールの遺体ごと消滅させられると踏んだ一撃。
「いけませんよォ、せっかく創った魔核を壊すなんて」
音もなく、気配もなく、エスタにさえ気付かれる事なく背後から彼女の太刀筋を逸らす。斬撃は狙いから大きく外れてゴーレムの腕に直撃させられた。
「馬鹿な……! 貴公、いつの間に私の背後に……!」
「てめえ、いねえと思ったら裏切りやがったか!」
彼はクスッと口元を手で隠す。
「スミマセン、面白そうだったもので。手土産ひとつで簡単に許してもらえたから、ついつい寝返ってしまいました。アハハ、本当に申し訳ない!」
ぽんっと白い煙になって消えたかと思うと、彼はマンセマットの隣に立った。裏切ったのか、そんなひと言も出て来ない。
「遅かったじゃないか、ゴグマ・ファリ。良い見世物だったのに」
「いやあ、ワタクシも忙しいものでしてね」
片腕がなくなってもゴーレムは動く。大地を揺らしながら進み、かつてテュポーンが隔てた二つの世界の境界を破壊しようとして。
「ですがこれでエスタ・グラムはほぼ無力化しました。ヤオヒメもたかが知れている。アナタの目的である人間界と魔界を統合するための準備は整いました。もはや彼女たちにゴーレムと戦う力はない」
片腕を失ったゴーレムが境界を壊すのには予定していたよりも時間が掛かるとしても、既に無力化に近い状態となったエスタでは止められない。ヤオヒメもゴグマやマンセマットを相手にしながら魔核を狙うのは難しい。
ではフロレントやルヴィは? 言わずもがな、彼女たちにはそもそもから戦う能力が無いのだから、数えるまでもない。マンセマットが杖を握り締めて、勝利の確信に身を小さく震わせた。
「ああ、やってくるぞ。我らの時代の幕開けが……!」