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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第28話「私たちで勝利を」

 ひとときの幸福を噛み締めている間にも、敵は計画を進めている。頭では分かっていても復興の進む町と穏やかな時間に『もう少しだけ』と引き留められてきた。それが間違いだったのだとエスタはハッキリ告げた。


「連中もこちらの動向は常に把握していると考えるべきだ。わざわざ他の町でなく皇都を狙ったのも戦力を少しでも削って、テュポーン復活の妨害を阻止するためだろう。……我々が守りたいものを守るために戦わねばならない時が来たのだ」


 俯くフロレントに、エスタは嗤って頭を撫でた。


「そう不安になるな。そなたの事は私とヤオヒメが守り抜くとも」


「……うん。でも、いなくならないで」


「分かっている。悲しい顔などもうさせまいと誓おう」


 エスタの優しく頬に触れる手が温かく心地良かった。この温もりが失われるのが恐ろしい。私のために力を尽くそうとしてくれる彼女たちが消えてしまうのが恐ろしい。止まれない道を進む事になった今が苦しくて仕方ない。


 だが泣き言はもうやめた。フロレントは手に触れ返して微笑む。


「約束よ。それまでに、私も少しは役に立てるように頑張るから」


「うむ。だがあまり気負うなよ?」


「分かってるわ、もちろん。……倒しましょう、絶対に」


 強く宿った闘志。成し遂げねばならない決意に満ちた瞳。


(いつかのクレールが重なる。身に宿した魔力もまた増えている。異常な速さで。……確実に良い事のはずなのだが、何故だろう。この胸騒ぎは間違いではない。この者を泣かせてしまう気がするのは私だけなのか?)


 ぽん、と頭を撫でた。不安が少しは紛れた。


「私はこれから皇都の様子を見に行ってくる。シャクラもいなくなってしまったから、代わりに誰かが見て回った方が良いだろう」


「あっ、それならさっきルヴィが出かけて行ったわ」


 他に出来る事もないので、少しは役に立てる仕事が欲しいからと見回りにいった。彼女ならば戦闘に加わらない範囲で蝙蝠たちを使って結界の点検や周辺の状況を確かめるのには向いているとエスタも納得だった。


「では仕事がなくなってしまったな……。どれ、シャクラの代わりに私が魔法の修練を見てやろう。本当なら次の段階に進むはずであったろうに」


「……ええ。彼に見せたら、喜んでくれたかしら」


 手の中で水の球体を作って、弾けると炎に変わった。そのまま炎が舞い上がったら今度は土に。最後には崩れて光の球体が現れる。ヤオヒメが見せてくれたものと大きさは違うが、それでも見せてもらった通りの順番でやってみせた。


「なんと……。そなた、もうそこまで……?」


「すごいでしょ。頑張ったのよ」


 暗い部屋の中。シャクラがもし戻って来てくれればと叶わぬ願いを置く事が出来ず、一人静かに練習だけは欠かさなかった。彼がひょっこり現れて『なんだ、思ったより早かったな』と、少しだけ鼻で笑って馬鹿にするような素振りを見せながら、続きを見てやろうと言ってくれるのではないか。いや、言ってほしかった。


「私、みんなみたいに強くなれないんだろうなって……。でもこんなふうに魔法を使えるようになった事がすごく嬉しい。ありがとう、エスタ」


「私は何も。そなたに才能があっただけの事だ。それと努力も」


 大魔導師の血を引くのであれば十分に可能性はあった。エスタたちから刺激を受けた事が間違いないとしても、扱えるのは彼女の持つ才能と努力が実ってこその話。実に素晴らしい成果であるとエスタは褒め称えた。


「しかしそこまで使いこなすようになったとなると今の練習では事足りん。シャクラがどういう段階を踏んで教えるつもりだったかまでは分からんが、」


 指先に集めた魔力は炎を創り、そのまま形を維持して描いたうさぎの絵を少しだけ自慢げに「次はこれをやってみると良い」と勧めた。魔力を扱う者にとって形を保つのは難しい事ではなく、変化のイメージも崩さなければ慣れに等しい。一か所に魔力を集める技術を培うための修練だったものを今度は動かそうと言うのだ。簡単に口には出来るが、見るとやるのとでは大違いで、フロレントはさっそく炎で描こうとしてすぐに失敗して炎の形が維持できなかった。


「む……難しいわね……。こうかしら、えいっ。あれ? 上手くできないわね。じゃあこう……うーん、違うか。じゃあこうやって、こう……」


「ハハハ、急くな急くな。ゆっくり身に付ければ良い」


 そう言って続きはまた今度だと言おうとした瞬間、フロレントの背後に人影を見た気がした。傷跡を勲章に残した大きな体が、腕を組んで可笑しそうに彼女の背後で見守っているように。


 思わず目を擦ってみると、その姿はなかった。


(むう……確かにシャクラがいた気がしたんだが……)


 違和感。奇妙な感覚。彼女の首から提げる魔核の首飾りから放たれているシャクラの魔力が幻覚でも見せたのかもしれない、と寂しくなった。


(貴公との勝負に負けた事は一度もなかったが、挑まれる度に腕を上げていると感じるのは愉しかった。こんな形で幕引きになるとはな)


 まだまだ戦いたかった好敵手。ただでさえ己に次ぐ実力を持ちながら、なお腕を上げてくるシャクラ・ヴァジュラという魔族に敬意さえ持っていた。決して仲良くはなかったが、かといって心底嫌う事もなかった。


 共通の家族を見つけ、やっと分かり合えるようになってきたと思った矢先の別れは腹立たしく、心からマンセマットという敵に対しての憎しみを感じた。


「……仇は討とう、フロレント。必ず私たちで勝利を掴むぞ」


「そのつもりでいるわ。あなたに頼る事になるけれど、私も勝ちたい」


 フロレントが小指を差し出す。


「約束しましょう。あなたの力を貸して、エスタ」


「────ああ、人間式の約束だ。必ずや私が叶えてみせよう」

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