第27話「王と道化師」
今しばらくはゆっくり休む時間が必要だろうとフロレントを部屋に残して、道化師はぬいぐるみもお土産だと伝えてから静かに扉を閉めた。
「貴公がそこまで人の心に精通しているとは知らなかったな」
「おや、これは我が王。アナタも様子を見に?」
「……そのつもりだったがやめた。私は貴公ほど言葉を持たぬ」
「そうですか。ではご一緒に中庭の散歩でもいかがです?」
紙吹雪が舞い、中庭の真ん中へ移る。大きなガゼボには茶会用の準備が整っていた。ゴグマには少々狭いが、彼は何を気にも留めずエスコートする。
「クッキーにケーキ、それともマフィンがお好きですか?」
「甘いものは何でも好きだ。相変わらず貴公の手は不思議だな」
望めば望んだものが湧いてきそうな手。特に異空間から取り出すような挙動もなく、ヤオヒメとはまた違う方法で取り出しているのだろうかと興味を惹かれたが、彼は特に答えたりはせずに「でしょう?」と可笑しそうに返す。
「こうして向かい合ってゆっくり話すのは初めてですねえ」
「ああ。ヤオヒメやルヴィならまだしも、相手が貴公とは驚いてるよ」
淹れられた紅茶を飲む。エスタの好みに合わせた甘いミルクティーだ。
「それにしても貴公は、あのような言葉も掛けられるのだな。意外だったよ、殺すか壊すか以外に興味のない奴だと思っていたのだが」
「アッハッハ! それはその通りでございます。否定のしようもない!」
クッキーをひょいと口の中に放り込んでウンウン頷きながら咀嚼する。
「魔族として生まれたものですから当然、他の事に然して興味はございませんよ。ただワタクシ、長年生きてるので物知りなんです。アナタよりもずっと人間に詳しい事だけは豪語させて下さい」
不気味な外見とは裏腹にゴグマは静かに紅茶を飲んで────。
「人間は脆い。我々とは違い、争うだけで肉体も精神も疲弊する。せっかく契約者が新たな世界を構築する瞬間を見られるかもしれないのに、シャクラが死んだくらいで諦められては困りますからねえ。……上手く行けばいいんですが」
まずそもそもからしてシャクラが死ぬなど、その強さから考えればあり得ない話だ。ほんの些細な油断か、あるいは心境の変化か。どちらにしても失ったものは取り戻せないのだから立ち止まっている暇はないだろうとゴグマは言う。
「言い方は気に入らぬが同意見だ。奴が死んだからとて、我々まで折れていては無駄にしてしまう。だが、死にかけたルヴィやヤオヒメには掛けられる言葉もなかったし私もどうすればいいのか分からなかった。……感謝している」
頭を下げたエスタを見て、ゴグマは首を横に振って席を立った。
「感謝などされる謂れはありませんよォ。今回はたまさかワタクシが適任だっただけの事。それにあの首飾り、ただの魔除けみたいなものとは違う特別製なんです。ちょっとした面白い仕掛けがあるので、乞うご期待!」
ボールを足下に叩きつけると重たい音と共に煙がぶわっと舞い、ゴグマは高笑いと共に姿を消した。薄暗い空模様。いつの間にか雨はあがっている。
「目的の分からん奴だが、やはり味方となれば心強いな」
そういえば、とふいに思い出す。
まだエスタが幼い頃、ゴグマが龍の都へやってきた事があった。『未来の我が王に会いに』などと訳の分からない事を言って、つい最近と同じように道化師のぬいぐるみをもらった記憶がよみがえった。
「……アイツ、少なくとも三千年以上は生きてるのか」
当時からまったく変わらない姿。いや、多少変化はある。メイクのデザインが少し違った。ただそれだけだが、彼は確かに昔から魔界にいたのだ。
(ヤオヒメも奴の事はいつから居るのか知らないと言っていたが……。案外、一番の古株だったりするのかもしれないな。目立ってないだけで)
残った紅茶をひと息に飲み干して席を立つ。皇都の被害はさほどではなかったので復旧も早いものだが、移住者が増えてからは夜だけ木偶人形も静かになるため、以前よりも速度は落ちている。
今頃どの程度まで進んでいるか、必要なものがないかを尋ねてリストアップしておかねばならないだろうと仕事に戻ろうとした。
「エスタ! ここにいたのね!」
「む? 契約者よ、もう具合は良いのか?」
廊下を歩く途中でフロレントに呼び止められた。顔色が良いとは言えないが、しかし瞳には生気が宿っている。くよくよするのはやめたの、と聞かされて内心でまたゴグマに軽い感謝を抱く。
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」
「うむ、であれば良い。ところで何か用だったのか?」
「ううん、今日のところは。ただ謝りたくて」
「気にしなくてもよかったのに。まあ、それなら丁度良い」
希望に満ちた瞳を取り戻したのなら伝えるべきだろう。エスタはそう判断して「提案があるのだが」と、皇都を出歩く前に相談を持ち掛けた。
「我々から魔界へ攻め入ろう。これ以上後手に回って次の被害が出てからでは対応が遅すぎる。もはや連中の動向を窺っている猶予はない」




