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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第26話「ワタクシからの贈り物を」





 皇都には別れを惜しむような激しい雨が降った。


 ペルーダ襲撃から二日、シャクラのいない宮殿はいつもより静けさに包まれていて、朝食の時間だと言うのに会話のひとつもない。


 食器のあたる音だけが静かに響き、ときどきため息が聞こえた。


「フロレントはどうしたんじゃ。此処におるべきじゃろう」


 手の付けられていない料理。空いた席。奇跡は二度も起きてはくれず、とうとう耐え続けてきた心に傷がついてしまった。


「声は掛けたんだが……。うむ、私は疎くてね。励ますというのはどうやれば良いのか分からんのだ。貴公こそ人間とは長いのだろう、何か彼女に少しでも元気を与えてやられる方法を知らないか?」


 そう言われても、とヤオヒメも口にものを入れて黙った。


「アタシたちに出来る事、ないんじゃない。これまでずっと苦しんできて、またひとつ失ったんだもの。……掛ける言葉が見つからないわ」


 大切なものを失って、取り戻して、また失った。いくら覚悟を決めて前に進み続けていても、一度傷ついて躓いたら立ち上がるまでに時間は掛かる。ヤオヒメも『自分でさえ二ヶ月掛かったのだから』と励ます言葉がない。何を言われても響かず、届かず、とにかく少しでも癒えるのを待つしかないのだ。


「その手の話、実に愉快ですねえ」


 ふと現れたゴグマがフロレントの座るべき席に座って、勝手に食事をし始めてヤオヒメがうんざりした表情で睨みつけた。


「口を慎まんかい、若造」


「アナタに若造って言われるほど若くありませんよォ」


 ぬるくなったコーヒーをひと息に飲む。


「それから決して馬鹿にしているわけではありませんので。せっかくワタクシと契約を交わした人間が、ああも塞ぎ込んでいては退屈ですから」


 ぽんっ、と手の中に小さな道化師のぬいぐるみが出て来る。


「少しだけ夢のある話でもしようかと思いまして。ホラ、ここに可愛いお人形さんもありますし。女の子って可愛いものが好きだと伺いましてね」


「てめえのソレ、本当に可愛いと思ってんのか……?」


 納得いかなさそうにゴグマが首を傾げた。


「ええ? でもエスタは喜んでくれましたよ?」


「ゴホッ……! 貴公はわざわざ余計な事を……!」


「あらあら噎せてしまって。まあ、とにかくワタクシにお任せなさい」


 そう言って誰の制止もきかずゴグマはわざと耳を塞ぐ仕草でケラケラ笑いながら、食堂から抜けて、どこへ寄り道する事もなくフロレントの部屋に向かった。鍵がかかっていてもちょっと指先で触れれば簡単に開いた。


 真っ暗な部屋にはカーテンで陽射しも遮り、ベッドの上で毛布に包まって座ったまま動かないフロレントがいる。かなり重症だとゴグマは頭を掻く。


「元気がないですねえ、お嬢さん」


 ベッドの上に投げられた道化師のぬいぐるみが、ぽてぽて歩いて彼女を励ますようにぽんぽん叩く。まったく反応は帰ってこない。


「まァ、彫刻みたいに。まだ二日ですから当然ですけど」


 パチッと指を鳴らせば被り込んでいた毛布が狐に変わり、俯いたままのフロレントの傍に寄り添った。


「お喋りしましょうとは言いますまい。ワタクシも気の利いた事は言えませんし、そういった性分とは無縁ですからネ。ですからコレはただの独り言」


 彼女の前に座り込んで、小さなボールをいくつか手にする。


「実はちょっと前に面白いモノを手に入れましてね? お気に召すかどうかは分からないんですが、ワタクシとの契約の記念に差し上げようかと、ちょっとした首飾りを用意したんですよォ。ほら、これなんですけど」


 差し出された大きな手の中にあったのは宝石の首飾りだ。青白く光る宝石に視線だけがほんの僅かな興味を示すように動く。


「これ何か分かります?」


「……全然」


「あら、お返事。よくできました!」


 宝石を指差してゴグマは愉しそうに話す。


「これはね、とある魔族の魔核の破片から創ってあるのです。青白く輝くのは、その方の能力が持つ属性に由来するモノなので、これは雷を宿しているんですねえ。しかも持っているだけでアナタを守ってくれます。とても便利なアイテムだと思いませんか?」


 そっと彼女の首に提げさせて、似合ってますよと親指を立てた。


「さて、そろそろ元気の出るおまじないを掛けてあげましょう。こういうときこそ道化のゴグマが役立つのだと信じさせてもらいまして……」


 コホンッと咳払いをしてから、淡く光る宝石を指差す。


「それは〝シャクラ・ヴァジュラの魔核〟の破片から創られたものです」


「……!? シャクラの魔核って、でも彼は……」


「ええ。もちろん彼の魔核の本体なんて残りませんでしたよ、あの時はね」


 やれやれとお手上げのポーズを取って首を横に振った。


「その少し前くらいですかねえ。彼とちょっと遊んだときにコッソリと頂いておいたんですよォ。ワタクシ、魔核をちょちょいと弄れる能力がありまして。────あなた、彼には何度も救われてきたんでしょう?」


 宝石に触れながらぼろぼろと泣きだすフロレントの膝にそっと手を置き、ゴグマはとても優しい声色をして語りかけた。


「泣いてもいいんですヨ、お好きなだけ泣きなさい。ですが顔では笑いなさい。弱いアナタと向き合うのは今ではない。怒りに吼えるのも悲しみに嘆くのも、全てが終わって笑えそうになければ吐き出せばよろしい」


 言われてフロレントは涙を拭い、また零れそうになるのを我慢する。


「うん、そうね……。あなたの言う通り、泣いてばかりいたらシャクラに怒られちゃうわ。今はまだ前に進まないと。私の復讐はまだ終わってないから」


「ええ、そうですとも、そうですとも!」


 大きく手を広げてゴグマは愉しそうに声を張って────。


「帝国を操りアドワーズ皇国を滅ぼした真の敵、名をマンセマット・フェルニル。彼を中心とした魔族たちを討たねば、あなたの復讐は終わらない!」


 手の中に赤く美しい炎を想起させる花の束を差し出す。


「……これは?」


「グロリオサ、と言うそうです。花言葉は『栄光』や『頑強』……これからのアナタに相応しいでしょう。あ、大切にしてくださいね」


 手渡したら、彼は用が済んだと出て行こうとする。


「ねえ、待って。あなたって一体何者なの? 魔核を縫って治してみたり、加工したり……。エスタが言ってたわ、普通では出来ない事だって。それに以前、あなたはゴグマが正式な名ではないと言ってたでしょう」


 ゴグマはほんの少し間を置いて、フッと微笑んだ。


「誰でもありませんよ。────本当の名はいずれ。それまで期待してお待ちください。この道化師が、あなたを愉しませて差し上げましょう」

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