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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第25話「光輝く一撃」

 結界が完全に消え失せ、最初に目に飛び込んできたのは先程の少年だった。荒れた場所で受け取ったパンの袋を抱えたまま、シャクラが戻って来るのを待っていたのだ。他の怪我人たちも目を覚ましたら互いに助け合い、安全な避難場所として指定を受けている宮殿の前庭へ向かおうとしていた。


「なんだ、お前も宮殿に行けと言ったろう」


「うん……。でもおじさんの事が気になって」


「ハッ。俺がそんなに弱い奴に見えたか?」


 少年は黙って首を横に振った。


「そうだろ。俺の事を心配してくれるのはありがたいから気持ちは受け取っておいてやるが、お前を守るために戦ったんだ。逃げてくれた方が嬉しいよ」


 頭を優しく撫でて微笑む。以前の自分だったら、こんな事は言わなかっただろうなと自分が馬鹿に思えてしまった。魔族として荒々しい生き方をしてきたが、果たしてそうありたかった本来の姿なのか? 今では分からなかった。


「まあ、もう安全だろう。母親はどうした?」


「他の人のお手伝いしてるよ。おじさんはどうするの」


「そうだな。俺も宮殿に一度戻って────」


 パキッ、と音がした。強烈な魔力を感じて振り返る。


「おっと、これはマズいな」


 石くれになったペルーダにひびが入り、内側から強い光が漏れた。彼はまだ死んでいない。そう理解した瞬間、次に何が起こるかを察して少年を軽く突き飛ばす。多少の怪我も已む無しだろうと申し訳なさを感じつつ、咄嗟にペルーダを抱えて自身の周囲に雷光の結界を張りながら、皇都の外へ一気に飛び出した。


「やってくれたな、ペルーダ。もっとエスタのように高貴な戦いを好む奴かと思っていたが、俺の見込み違いだったようだ」


 高く空中で雷鳴が轟き、内部で起きた爆発に耐え切れず結界が破裂する。だが威力は多少抑えられ、衝撃波と強い風が周囲を吹き飛ばすが、皇都にはさほどの影響は及ぼさず、災害とも等しき爆発から護る事は出来た。


 しかしその代償は大きい。シャクラともあろうものが人命を優先した結果、その体がズタズタにされ、あちこちに火傷を負う程のダメージを受けた。


「……驚いたな。あの至近距離で我輩の雷撃を受けても、なおまだ立てるか。見事なり、シャクラ・ヴァジュラ。だがここまでだ」


 ペルーダの体躯はひと回りも大きくなっていて、鎧も傷ひとつない。シャクラが追い詰めたはずの彼が、今は優位に立っている。


「なんだ、それは。再生能力とは違いそうだが」


「殻みたいなものかな。我輩は受けた痛みを力に変えられる」


 油断はせず槍を構え、シャクラがどの程度動けるかを見極める。


「我輩を倒したければ形すらも残らぬほどの破壊力で以て挑まなければならなかった。だが卿は油断した。実力では勝っていると慢心したのだよ」


「かもしれんな。お前がエスタに似た相手だと勘違いしてしまった」


 龍の末裔。そう聞けば魔族なら誰もが思う事だ。誇り高い戦士と呼ぶに相応しくオーガよりずっと高潔。数いる種族の中で最も力強く、戦闘において並ぶ者無しと言われるだけの強さが個々にある、と。


「千年も経てば俺の感性も古くなるか……」


 強者への憧憬など口にしたところで、今の魔族は目的のためならば手段を選ばないのだろう。マンセマットが数いる魔族と手を組み、メイデスが個人の感情でユピトラを殺したように、ペルーダもまた頂点に君臨するためならばたとえ龍の血が流れていようと正々堂々に戦う気はないのだ。


「だが解せぬな、シャクラ。よもや卿ほどの者が、あの窮地で自らの命を擲つような真似とは。よほど大切な寝床らしい。────実に下らん。そんな事で、この我輩が手負いの獅子を仕留めねばならぬとは」


 小さな結界の中で起きた爆発はシャクラの魔核をも深く傷つけた。ヤオヒメやルヴィと違い、オーガには再生能力はなく高い治癒力が備わっているだけで──それもあくまで肉体の話──傷ついた魔核は元に戻らない。


 自身よりも皇都を、人々を優先した結果だ。悔いは無かった。


「ま、これも未来のためだと思え。我輩がまともに戦えば、今の卿を超えられぬ事は分かった。認めよう、勝負は我輩の敗北だ。だが戦とは個の強さに非ず。我が能力を侮ったがゆえ、卿の敗北となると諦めよ」


 とどめを刺そうと槍を突く。シャクラの命であればテュポーン復活のための魔核はさらに強大になる。マンセマットへの良い土産だ、と。


 だが、槍は止められた。片手で掴まれて。


「誰の許可を得て我が領域を荒らす?」


 槍が先から灰になっていき、ペルーダは咄嗟に手ばして距離を取った。


「……! 触れたものを灰にするとは、まさか……!」


 稲妻を思わせる双角。腰まで美しく流れる黒に近い茶髪。真紅の双眸。漆黒の鎧はまさしくペルーダが過去に聞く最強の龍帝────。


「エスタ・グラム! ハハッ、こんなところで会えるとは光栄だ! あなたのような強さを手に入れるため、我輩がどれほどの修練を積んできたか!」


「ほざくな、貴公を同胞と呼ぶ気はない。ここで仕留めて────」


 剣を手にした瞬間、ぐいっと肩を引かれた。


「退け。俺の獲物に手を出すんじゃない」


 ぜえぜえと息苦しそうに胸を押さえ、怒りの眼差しをペルーダに向ける姿を見て彼女は黙った。彼の魔核が悲鳴を上げているのが聞こえた。


「貴公、そんな状態で戦うとは死ぬ気か?」


「放っておいても死ぬさ。俺の魔核はルヴィのようには治癒しない」


 至近距離で高威力の技を無防備に受けたのは誤算だった。そのうえペルーダの蓄積した痛みを雷撃として放出するカウンターとも言える技は、シャクラ自身の強さに紐付けられたものだ。耐えられる方が不思議な威力では魔核にまで影響を与えるのは当然。だったら砕けるより先に仕留める気でいた。


「なんだ、敗者である卿が我輩とまだ戦うと?」


「勝者だの敗者だのと煩い事を」


 天高く指差すと暗雲が渦巻き、降った雷がシャクラを衝く。


「────戦いってのはな、小僧。死ぬまで続くんだよ」


 途端、彼の姿が消えた。ペルーダには目で追えなかった。結界の中にいたときよりもずっと速く、背後から腕が鎧を貫く感触に気付く事さえ遅れた。


「……ぬウゥ……! しつこい男だ、この我輩の能力ならば……」


「消し炭にすれば良いんだろう?」


 彼がエスタをちらと見たとき、彼女は小さく頷いて返す。


「安堵せよ、皇都には届かぬ。私が届かせないさ」


 剣を突き立てると周囲に赤黒い魔力が迸った。


「そうか、然らば出力は最大と行こう。悪いが先に逝く」


「我輩ごと消えるつもりか……! くそ、やっと目の前に龍帝が……!」


「ハッ、お前には俺の命でもくれてやる。来世にでも期待しろ」


 その光輝は大陸のどこにいても目に映った。眩く美しい雷光の柱。衝撃の余波はアドワーズ皇都を覗く各地へ颶風をもたらし、多くの人々の記憶に刻まれた。


 何も残らなかった大地に一人立ったエスタは、そっと剣を消滅させた。


「……またフロレントが泣くじゃないか、馬鹿者が」

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