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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第23話「雷光の決闘」

 紙袋の中には、まだ食べた事のないパンがいくつも入っていた。帰る頃には無くなるだろうと思いながら次々に口へ放り込んで気分良く帰る。


「フム、中々に美味い。……ん?」


 ふと空に暗雲が立ち込めた。今にも雨が降り出しそうで、ゴロゴロとよく響く音が聞こえて、紙袋の口を丸める。早く帰った方が良さそうだと、残りがルヴィに取られるのは間違いないだろうと残念がった。


 しばらくのんびり歩いて帰っていたとき、傍を通った親子に目がいく。初めて見る景色を見上げるような好奇心を瞳に映す少年が母親の手をぎゅっと握ったまま、興味の惹かれた暗雲を指差して尋ねた。


「ママ。あれ、なあに?」


「さあ……何かしら。変な雲ね」


 強烈な光に照らされたとき、シャクラはハッとして振り返った。


『今日はよく晴れるぞ。少なくとも皇都はのう』


 天候を操れるのは何もシャクラの専売特許ではない。そんな魔族など探せばいくらでもいる。そして、今日に限ってはヤオヒメが晴れさせていた。ルヴィが帰って来た日なのだから一日くらい照らしてやろう、と。


(あの女が失敗するはずがない。ならばあの暗雲は────)


 渦巻いた暗雲の中央がぽっかりと開き、ひと筋の閃光が降った。宙で分かれ、雨の如く降り注ぐ光をシャクラが咄嗟に防ごうと握った拳から放った雷撃が弾いたが、全てを捌き切れずにいくつかが皇都に落ち、炸裂音を響かせて建物を吹き飛ばす。被害は最小限に済ませたが、被害が出た事に負い目を感じた。


 パンの入った袋が転がっていたのを拾い、少年に投げ渡す。


「小僧、それをくれてやるから母親と一緒に走って宮殿へ走れ」


「えっ。でも、おじさんは……?」


「ここから先は人間の領分ではない。俺たち(・・・)の仕事だ」


 降り注いだ光の中で、ひとつだけがまっすぐ落ちた。他の降り注いだ光よりも強烈な魔力。襲撃者の気配そのものとも言えた場所へ向かって状況を確かめ、心底不愉快な気分になった。


 倒れている人々の多くはまだ息がある。被害を被ったとはいえ周囲を消し飛ばしているような事もなく、ただ降り立つための場所に選んだのだ。


「おい、無事か。お前には世話になったのに助けてやれなかったか」


 パン屋の店主が頭から血を流して気を失っている。生きているが、放っておけばそのうち死んでしまうのが分かる臭いがした。


「どこの誰だか知らんが、こんな短い間に襲撃を仕掛けてくるとはな」


 目の前に立っているのは長い槍を持った、黄金の甲冑を纏う騎士。荘厳で美しく、力強さを感じる龍のようだった。


「ほう。卿が千年前の魔族か」


 よく通る太い声。感じる魔力も決して大きな差は広がっていない。鎧をまとっていても雰囲気で分かるシャクラよりも僅かに立派な体躯。


「我が名はペルーダ、龍の末裔なり」


「……ハッ。通りでむかっ腹の立つ臭いがするわけだ」


 見れば太く逞しい尾が伸びて揺れ、地面を叩いて割った。


「我らが崇高なる魔族の未来の礎として、その命もらい受けに参った。貴殿らに恨みはないが、来る栄光のためには犠牲も已む無し」


 大振りに槍を回して構え、シャクラに宣戦布告する。滲んだ闘気はまさしく龍の放つそれだと彼は懐かしさすら覚えた。


「千年如きの隔たりで俺の命を()ると来たか……」


 ちらと周囲を見渡す。復興が進んできた区画だったが、またしても瓦礫が積みあがってしまった。怪我人も多い。


「……フッ、やはり俺は馬鹿だな」


 たかが人間の命。そう考えていたのに、毎日のように声を掛けて来る人々の笑顔がチラつく。優しく明るい声が頭の中に響く。


「卿は先程から何を考えている? まさか人間如きの命を気にしているのか? 所詮は弱き生物と成り果てた愚者たちだ。気に掛ける理由もあるまい」


「それはお前の言い分だろう。俺には俺の選んだ道がある」


 言われている事は至極尤もだ。魔族として産み落とされた者が脆弱な人間を守ろうとするのを愚かだと断じられても、怒りのひとつ湧いてこない。シャクラも自身が何故に彼らを守ろうとするのか分かっていなかった。


 ただひとつ言えるのだとすれば────。


「俺に喧嘩を売ったのならば覚悟は出来てるらしい」


 両腕が雷光に包まれ、指先から繋がった眩い魔法陣を足下に広げた。


「これ以上、皇都を壊されては困る。フロレントが日々の命を削って造り上げた居場所だ。あの小娘に敵対する者は全て壊してやる」


 魔法陣が放つ巨大な光の柱に二人は呑み込まれ、やがて視界が開けたときにはシャクラの創り出した結界の中。どこまでも続く大理石の間。


「────《万魔殿・雷帝の間スムマヌス・パンデモニウム》」


 天井。壁。床。あらゆる場所に迸る雷光。シャクラの創り出す結界を目の当たりにして、ペルーダは嬉しそうに笑う。


「なんと美しい……。我輩は結界にはとんと向いておらぬ戦士ゆえ、卿の全力を見られるのであれば人間の命などに興味はない」


 両腕を伝って槍が青白い輝きを纏う。


「奇しくも同じ雷光の化身とあらば、これほど夢と見紛う程の誉れある戦いなどあるまい。我が生涯でこの首獲る者があるとするなら龍帝を置いて他におらぬと思っていたが、卿もまた強者(ツワモノ)のようだ」


 すうっ、と静かに息を大きく吸い込み、クールダウンする。


「このペルーダ・タラニスに油断はない」


「来い。この俺の結界の中ではどれだけ暴れようが自由だ」


 雷帝の間はシャクラの集中力を高めてくれる。だが彼の結界が示す効果はそれのみ。最も必要としているのは『いくら暴れても問題ない空間』だけ。どれだけ壊しても雷光の魔力が瞬く間に復元するため、内側から結界を形作る魔力ごと吹き飛ばせるだけの高威力がなければ、シャクラが再起不能にならない限りは決して壊す事のできない頑丈さが取り柄の結界だ。


「────小僧。お前の小さな雷光が俺を喰えるか、確かめてみろ」

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