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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第21話「仲良くしましょ」

 入り込む冷たい風。先ほどまでは熱を帯びていた体が頭部を失って幾度かの痙攣をした後、ゆっくり冷たくなっていく。


「アナタもワタクシに用があるんですか、シャクラ?」


 呼ばれて岩陰から姿を現したシャクラが頭を掻く。


「何の目的があってフロレントと契約をしたのかと思ってな。まさかそのついでにメイデスが死ぬのを見れるとは意外だったがね」


「すみませんねえ、獲物を横取りしてしまったみたいで」


 ユピトラの仇といえば、彼女もその一人だ。シャクラがその手で放りたかったに違いないと嗤う。彼は気にしている様子もなかった。


「ま、聞きたい事は他にもある。いや、聞き捨てならないと言い換えた方がいいかね。さっき俺の事を捻り潰せるとかなんとか」


 ヤバい、と言いたげにおどけた仕草で口を両手で塞ぐ。


「あっ……。ハハハ、ジョークですよ、ジョーク! ワタクシがアナタに勝てるわけないじゃありませんか! 実際に一度は負けて────おおっと!」


 間髪入れずに雷を伴った拳に詰められ、ゴグマはのけぞって躱す。


「良くないですよォ、同じ契約者を持った仲なのに!」


「生憎と俺は再契約を結んでいなくてね」


 通り過ぎるかと思いきや、ゴグマの上に留まったシャクラの蹴りがもろに入る。だが同時に肉体が風船のように破裂し、離れた場所で汗を拭ってひと息つく。


「まったく。味方には変わりないでしょうに」


「だとしても試したくなったのだから仕方がない」


「試すって……はあ、怖い怖い。オーガはやっぱり野蛮ですねえ」


 瞬間。雷の速度で背後に迫ったシャクラの回し蹴りをひょいっと軽く避けてまた距離を取った。ついでのようにボール爆弾を転がして炸裂させたが、ダメージはまったくと言っていいほど入っておらず堂々と立っている。


「あ~、良くないですよホント。やめましょ、無益な争いは!」


「下らん事をほざきやがって。お前が一番好きな事だろ」


「まあ嫌いではないですけど……。じゃ、少し遊びましょうか」


 くるんっと回って宙に浮き、肘を突いて寝転がった姿勢。明らかに馬鹿にしているとしか思えないが、シャクラは強い警戒を持った。一度ならず、二度、三度と攻撃を躱されたのだ。全力だったにも関わらず。


「さっきメイデスも尋ねていたが……お前、何者だ?」


「その答えが知りたければ挑めばいいんですよ、簡単な話です」


 大きなあくびをして、ぱちんと軽く指を鳴らす。


「────《舞台の幕は上がった(カーテン・ライゼス)》」


 周囲の景色が変わっていく。観客席に囲まれた円形の舞台。


「客はいないし、演者はアナタとワタクシの二人だけとは……。実に寂しい話です。代わりに人形たちでも座らせた方がマシですかねえ」


 はあ、と退屈そうにため息を吐く。だが、シャクラはそんな言葉を聞いて、呆れと驚きが同時にやってきた。結界を創るのが苦手なはずのゴグマが完璧な結界を作ってみせたのだ。ヤオヒメやエスタと同等のレベルで。


「驚いたな。これは一体どういう事だ?」


「あァ、スミマセン。今まで嘘吐いてました」


 地に足をつけ、腰に手を当てて身体を左右に揺らす。


「結界なんて久しぶりなもので張り切ってしまって。なにしろアナタが少し遊んでくださるというものですから、相応の礼儀は尽くしませんと。いくら道化師といえども弁えるべきところは弁えるのは当然の事ですよ」


 彼の体がぽんっと人形に変わった。いつの間にかシャクラの背後に立ち、彼の両肩に優しく手を添えた。


「筋肉は解れてます? 本気で殺し合う準備は?」


「ッ……!?」


 払いのけて咄嗟に飛び跳ねて距離を取る。生まれて初めてシャクラはゾッとする気配をゴグマに感じた。今、一瞬でも逃げるのが遅れれば首を獲られていたと首をなぞる。はっきり死を意識したのはエスタと初めて対峙した時以来だった。


「おやおや、そう緊張なさらずとも。ちょっと遊ぶだけですよ? 契約者を悲しませてしまうのは、ワタクシとしてはナンセンスなので────格の違いという奴をお見せして差し上げましょう」


 両手の指に挟んだ刀身の長い何本ものナイフをシャクラ目掛けて投擲。牽制的な直線を駆ける刃をシャクラは素手で叩き落していく。


「お見事! 流石は雷神と呼ばれたオーガですねえ!」


「俺を虚仮にするとは大したものだな」


 その場に立ったまま、握り締めた拳で空を衝く。放たれた球状の雷はゴグマの投擲とは比べ物にならない速度だったが、ひょいっと身を捩るだけで躱され、客席に着弾して耳を劈く雷鳴を轟かせた。


「これも躱すのか……。しかも最小限の動きで」


「そうですねえ。ワタクシには見えてますからね、(のろ)いくらい。亀みたいに。あっ、スミマセン。馬鹿にしたんじゃないんですけど!」


 ふと懐中時計を手にしたゴグマが針をじっと見つめて────。


「うーん。でも本当に結界を維持するのって昔から得意ではないんですよねえ。この結界にも大した能力は無い。精々ワタクシの戦いを些か楽にする程度。なので決着を少し急がせて頂きましょう」


 パチン、と蓋の閉じる音がした。


 何かを仕掛けてくると身構えたシャクラだったが、気付いた時には既に自らの体に先程投げられた無数のナイフが突き刺さっていた。


「一体、いつの間に……」


「投げたものが動かないなんて事はあり得ない。ここではね」


 くねくねと動かした指の全てにきらりと光る魔力の糸がピンと伸びている。動かせば自由自在に繋がったナイフを動かせる、彼の得意な能力だ。


 だが致命傷にはならない。簡単に倒せるのならシャクラも魔族の中で突出した強さを持っていない。突き切ったナイフが雷撃によって肉体から弾かれ、糸を焼き切られて地面にからんと転がった。


「想像以上に腕が立つらしいな。もう少し付き合ってもらおうか?」


「────いいえ、時間切れですゥ」


 目と鼻の先。触れあいそうな距離までゴグマが迫った。シャクラの目を以てしても彼の動きを捉え切れなかった。


「望むのであれば続きはまたいずれ。元々メイデスを始末するつもりでここへ来たんです。アナタと殺し合う理由はないですから、ここからは少しくらい仲良くしましょ」


 周囲がワインレッドのカーテンに包まれ、ふわっと落ちると洞窟の景色が戻って来る。ゴグマは戦いが済んだら、残っていたメイデスの体から腕を千切った。


「では天敵がいないと思っている世間知らずの野鳥に、ワタクシの獲った餌でも見せびらかしてくる事に致します。夜には戻るとお伝えくださいな。ああ、それから質問にお答えしてませんでしたね。契約した理由ですけれども────」


 千切った腕の指を一本噛みちぎって食べながら、彼はフッと微笑んだ。


「美しい世界がやってきますよ。アナタがクレールの魔法を見たときよりもずっと美しい世界が。人間と魔族の共存なんて面白そうだと思いませんか?」


 そう言い残して彼は親指を咥えてフッと息を吐き、パンッと破裂して千切った腕と共にどこかへ消え去ってしまった。


「……なんなんだ、アイツは?」

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