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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第19話「裏切るとしても」

 フロレントが頬を膨らませて「滑稽ってどういう事なの」と聞き捨てならない言葉に抗議した。ゴグマは愉しそうに腹を抱えて足をばたばたさせる。


「イッヒッヒ……! いやはや、そのままの意味ですよォ。魔族なんかいつ裏切るかも分からないのに手を取り合って助けになりたいなんて精神。滑稽と言わずなんと言いましょう。クレールと契約したワタクシが言うのもなんですがね」


 魔族はどこまで行っても魔族だ。相容れない存在だと捉えているゴグマにとって──彼自身がそうして裏切ってきたのも重ねて──フロレントはあまりに愚かに映った。脆弱で、ただ飼われているだけと相違ない。自分を助けてくれているからなどとは錯覚でしかなく、いつかはゴミのように捨てられる、と。


 エスタも完全には否定できなかった。自身はあくまで彼女の味方であり続けるつもりだが、多くの魔族がそうであるかと言われれば『いいえ』と答えられる。人間たちと共存など馬鹿馬鹿しい、と。


 もし、その意識を変えられるとしたら、何千年掛かるだろうか。そんな疑問が頭の中に浮かぶほど、自分たちも含めて魔族が闘争と支配、力によって生きて来たかを再認識させられた。


「だとしても私は信じたいものを信じて生きるわ。全員に裏切られるまで『絶対に魔族は裏切る』だなんて言えないでしょう」


 腹を抱えていたゴグマの動きがピタッと止まった。


「突然、ワタクシが牙を剥くとしても?」


「まあ、あなたは裏切りそうよね。でもそれは今じゃない」


 紅茶をひと口飲んで口を潤す。力強い眼差しがゴグマに自信を示した。


「……プッ……アッハッハッハ! そうですか、そうですか! いやあ、ワタクシよりも愉快な方がおられるとは。しかしアナタは本当に理解できているんでしょうかねえ。帝都を滅ぼす計画はマンセマットであっても、あの場にいた全ての人間を魔力源として得た後、操って傀儡に変えたのはワタクシですよ?」


 いつでも裏切れるし、人間を殺す事に微塵も抵抗がない。ある種の忠告に近かったが、フロレントはやはり堂々とした態度を崩さなかった。


「あなたがやらなければ私がやっていた事だわ。そこにあるのは些細な違いだけ。紅茶に砂糖を入れるか入れないか、その程度の話よ」


「……よろしい。アナタは意外にもワタクシのお眼鏡に適う人間のようだ」


 決して自身を善とは言わず、悪に傾くとしても成すべき事を成そうとする姿。自らが正しいと感じた道を選ぶ彼女の強さに、ゴグマは頭にかぶった大きな三角帽子から羊皮紙の契約書を取り出す。


「いえ、仮にワタクシの眼鏡が狂っていたのだとしましょう。ですがそれもまた良い。新たに契約を交わして差し上げますよ。このゴグマ・ファリがね」


 フロレントの手を取り、その指先をスッと小さく切った。


「指印だけで結構です。お名前はワタクシが」


「本当にいいの、あなたってこういうの嫌いかと」


「ええ、もちろんですとも!」


 印のついた契約書を丸めて宙に投げ、パンッと軽い音がして紙吹雪が舞った。


「ではワタクシ、少々なりと用事がございますので。また用があれば名をお呼びくださいな。いつであろうと、どこであろうとお手を貸しましょう」


 手の中にいつの間にか持っていたカードをばらまく。一瞬、視線が動いたときにはゴグマの姿は消えてどこにもなかった。


「……どこいったのかしら?」


「さあ。私にも分からん」


 人間界でやるべき事などあるのだろうか、とエスタも首を傾げる。ゴグマは基本的に良くも悪くも人間に興味がないのだ。


「それにしても綺麗な顔してたわね。エスタ、見た事あった?」


「いや。三千年生きてきて初めて見たくらいだ」


「ふうん。そういえば、みんなって千年以上生きてるのよね」


「ああ。最も古株なのはヤオヒメだと思うが……」


 う~ん、て腕を組んで不思議そうに眉間にしわを寄せた。


「そういえば、ゴグマはどれほど生きているのか知らないな。私がまだ雛であった頃から既に魔界のあちこちに出没していたのは確かなんだがなあ」


 三千年の記憶を振り返ってみる。まだ龍の幼体として同胞に囲まれ大切に育てられていた頃の事を思い出す。


「今度、ヤオヒメに聞いてみるのも良いかもしれん。私も今更になって思うが、あまり他の連中の事はよく知らないんだ。戦い方なら熟知してるのに」


「かもしれないわね。じゃあ、そろそろ私たちも部屋に戻りましょ」


 用件は済んだし、ハシスたちも帰った。書類仕事は残っているが、かといって急ぐほどの事はない。たまにはゆっくりエスタも休ませてあげたいと提案すると、彼女も快諾して「ゆっくり眠るのも悪くない」と嬉しそうな表情になった。


「うむ、そういえば」


 足下に転がっている太った道化師のぬいぐるみを抱きあげる。


「昔、私が生まれたばかりの頃に奴からこれと同じ人形をもらった事があったな。なんでだったかは忘れたが……」


「ユーモアがあっていいわね。あなたにプレゼントなんて」


 ジッと見つめて何かを思い出しそうだったが、ピンと来なかった。ただ人形をもらったときに言われた事だけが、ふと頭の中を過った。


『これはお土産ですよ、エスタ。アナタには期待していますからね』


 いつか魔王として君臨するのを予見していたのだろうか。そんな風に考えつつ、今は大した事のない思い出だと胸にしまった。

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