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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第17話「独りにしないでね」

 何が正解かなど考えて辿り着こうとするのが間違っている。最初から正解など自分で決めて、他の誰にも口を挟ませなければいいのだ。魔族とは最もそうしてあらゆるものを手に入れて来た生物ではないか。


 酒を飲む手が進み、フロレントに「お風呂で飲んだら駄目じゃない」と釘を刺されてヤオヒメはビクッとしてしまった。


「もし酔ったりして足を滑らせたら大怪我するわ。それにお風呂で溺れたりしたらどうするの? 私に心配を掛けるような事はしないでほしいな」


「……ぬう、すまぬ。片付けておくよ」


 ルヴィがくっくっと口を押えて笑うのをフロレントは「あなたも注意しなくちゃ」と続けて叱られ、特に何も言われなかったエスタだけが愉しそうだった。


 髪と体を丁寧に洗いながらもフロレントの小言は続き、その間にエスタはゆっくり湯舟に浸かって二人が叱られるのを愉しそうに聞く。


「エスタ、あなたも。私さっき一緒にお風呂行こうって話してたのに先に行ったでしょう。どこ行ったのかなってちょっと探したんだから」


「うっ……。すまん、仕事が済んでつい気分良く……」


 攻勢一転、今度はヤオヒメとルヴィがニヤニヤし始めた。


「頼もしい契約者じゃのう?」


「まったくだ。返す言葉も浮かばんよ」


 エスタの隣に浸かって、フロレントは可笑しそうに口もとに手を当てる。


「そう言ってもらえるなんて光栄ね。……それにしても、二人が無事で本当に良かった。ルヴィがいなくなって、ヤオヒメまでって考えたら怖くて」


 命懸けの激闘の中を奇跡的に生き残ったとはいえ、ルヴィはゴグマの手を借りても再起不能と言える大打撃を受けた。目覚めるまで結界の中で過ごさなければならない状態での二ヶ月。そこへヤオヒメまでもが単独で敵陣へ飛び込んだと分かったときには、どれほど胸が締め付けられる思いだったかなど当人以外には計り知れない。また家族を失うのか、と不安に圧し潰されかけていた。


「……ありがとう、帰って来てくれて。私を独りにしないでね」


 今回の事でヤオヒメは特に責任を感じた。敵の情報を集めもせず、見つかったと分かって単身で挑みに掛かり、その結果が圧倒的な強さを持つがゆえの油断から生じた隙を突かれての無様な敗北だ。どう謝るべきかさえ分からない。


「アタシもこうやって四人で話せて嬉しい。特にフロレント、あんたには心配かけちゃって、紹介したかった友達もいなくなってさ。……ごめん」


「謝らないで。帰って来た事が何よりだもの」


 宥められて泣きそうになる。フロレントがそうであるように、ルヴィもまた彼女たちが家族だった。何をしても褒めてくれもしなければ認めもせず、ただひたすらに咎められるばかりの同胞たちとは違う。ただ愛してほしかった、認めてほしかっただけの彼女が最も望んだ家族になった。


「こほん……。貴公が帰って来た事は実に喜ばしい。だが、正直ゴグマがクレールと契約を結んでいて、貴公の命まで救うとは思わなかったな」


 蟻の行列を見つけたら巣穴を塞いで眺めていそうな悪趣味な男だから、目の前で死に絶え行くだけのルヴィを助けるなど信じられなかったとエスタが言うと、ヤオヒメが心底可笑しそうに顔を背けて肩を震わせた。


「ぷっ……くくっ……いやはや。まさにその通りなんじゃが、あれにとっては助けた方が面白いと判断したんじゃろうて。それに、どうにもあの鳥頭の事が気に入っておらんようでのう。俺様たちに味方したというより、連中の敵に回ったという方が正しいのやもしれぬ。問題は『テュポーン』の存在じゃな」


 話は本題へ進む。クレールの封印から解き放たれた全員が揃い、共通の敵を持った事まではいいが、マンセマット率いる勢力の図が分からない。『テュポーン』と呼ばれる最強の魔族を復活させるという目的までは掴んだが、どういった罠を仕掛けてくるか、慎重で狡猾な相手を出し抜く事は無理だと言えた。


「あやつは既に魔核を創っている。ゴグマが殺した人間共の魂もおそらく素材に使ったはずじゃ。となれば、後は魔核を御しきれるだけの器が必要になる。エスタの肉体は十分に要素を満たしていると考えるべきじゃろう」


 狡猾なマンセマットの事だ、エスタを捕らえる算段も立てている可能性は高い。不透明な謀略に策を講じるのは難しいが、何かしらの手を打っておくべきだとヤオヒメの進言に、エスタも納得して深く頷く。


「私とて無敵ではないからな。敵もすぐに尻尾は出さんだろうし、あとでシャクラ……いや、この手の話はゴグマにでも相談してみるとしよう」


「うむ。今回に限ればあやつも裏切りはせんじゃろう」


 大まかに纏まったところで、話題はフロレントの修練に映った。


「そういやあ、てめえあれからまた修練積んでたって?」


「うん。少しでもみんなの役に立ちたいから」


 そう言って、指先に小さな水の球体を作った。


「案外慣れてみれば作るのは簡単だったわ。でも、みんなみたいにイメージひとつを咄嗟に思い描いて維持するのは本当に難しいって分かったの」


 球体は不安定だ。ふよふよと揺れながら、やがて崩れた。


「契約者、それをひと晩でマスターしたのか」


「魔力も大きくなっとるのう。……うむ、順調かの」


 成長を喜ぶエスタとルヴィをよそに、ヤオヒメはそれほど喜ばしい事に捉えていなかった。魔力の伸びは想定よりも上回っているし、器としても正しく成長できている。だからか不安で仕方がなかった。


────今が愉しいからと浸るのは悪くない。むしろそうしていたい。永遠に。じゃがのう、エスタよ。俺様たちが人間と敵、味方に分かれる時が来るかもしれない。そのとき、フロレントが俺様たちを選んでくれるとは限らねえ。


 決めてんのか、そうなったときの覚悟って奴を……。

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