第15話「味方は多い方が良い」
「ルヴィ……生きておったのか……!」
もはや奇跡としか言いようがない。最後にヤオヒメが彼女に触れたとき、その魔核は再生不可能な状態にまで陥っていた。誰がどう見てもそう感じる程に限界だったのだ。しかし、彼女は確かに目の前に立っている。
ちらっとゴグマに視線をやると、彼は手をひらひら振って「あれは本物ですよお」と可笑しそうに言った。
「ワタクシがここで休んでたらいきなり現れたんですよ。おそらくはクレールの魔力による転移魔法でしょうねえ。生きているのが不思議な状態でしたから」
取り出したきらきら光る魔法の針と糸を取り出して自慢げに彼は言う。
「大雑把な手ですが、こう見えてわりと器用でしてね」
崩れかけた魔核を魔力の糸で縫った。と彼は自慢げだ。
「そうか。てめえは再生出来ねえが治療が得意じゃったのう」
「あの鳥……マンセマットとよく似てるのは癪ですが」
「なんじゃ、てめえもあいつが嫌いなのか」
「ワタクシの美学に価値観が合わない。まったく愉快さがない」
親指をガジガジと噛みながら、彼はメイクにも不愉快が滲んだ。
「争いとは同レベルだからこそ愉快。同士討ちならなおさらに!……ですが、なんですアレは? 不愉快の域を超えています。分かり合えない。自分たちより強いから弱らせてしまおうだなどと笑止千万。軟弱な発想はワタクシとは相容れません。自分で手を下さない所は評価できますがねえ」
いくら力説してみても、どのみちヤオヒメやルヴィの同意は得られない。かといって得ようとも思っていないので二人は聞きながら呆れるしかなかった。
「ま、俺様にはどうでもいい。気に入らねえのは、なぜあのとき鳥頭……マンセマットつったか、あいつを始末しなかった? てめえなら出来たじゃろうが」
「意味ありませんよォ。あれは数ある代替品でしかないんですから」
パチンと指を鳴らすと頭上から降ってきた道化師のぬいぐるみを手に取り、ゴグマは「マンセマットの肉体はたくさんあります」と解説を始めた。
魔核をゼロから創り出せるように、よほど強力な魔核でない限りは肉体も他の魔族や魔物を使ってそっくりに作り替えられた。そうしていくつも自分の代替品を生み出して、万が一にも死んだ場合、次の代替品である肉体に魂を固着させる死霊術を用いて何度でも蘇生する。一匹を始末した所で意味がない。
そのうえ厄介なのは、肉体を魔界のあちこちに隠して魔核ごと眠らせているため、物理的な視覚以外で発見する事がほぼ不可能である点。代替品が数多く存在しているにも関わらず、所在を明らかには出来なかった。
「何個かは見つけたんで罠だけ仕掛けておいたんですが、だからって全部はワタクシにも無理ですゥ。シャクラやアナタでさえ見つけられないんですもの、当然ですよねえ。ワタクシ、イタズラ以外の得意な事ってないものでして!」
使い物にならねえ奴だとヤオヒメに詰られても、彼はそれは愉しそうに笑うだけだった。出来ない事は仕方がないと強い精神を持っていた。
「ったくヨォ……。ともかくルヴィが生きてて良かったぜ」
「アタシも。正直、もう死んだと思ってたらゴグマに助けられちゃった」
二人共、嫌いではあったが感謝しないほど愚かではない。今は味方だと言うのなら、受け入れるべきなのだろうと嫌々ながら諦めた。
「それで、今のルヴィの状態はどうなんじゃ?」
尋ねられたゴグマがトランプを手にシャッフルしながら、途中で指に挟んだダイヤのエースが描かれたカードをビリッと引き裂いた。
「残念ながら現在の所は使い物になりません。彼女の魔核は今、誰の力を以てしても復元できないほど弱っています。ですので縫合して、じっくり治癒を待つのがベストでしょうねえ。もし今無理をしてワタクシの糸が切れようものなら────即座に消滅、間違いなしでしょう」
たった一度でも無理をすれば死んでしまう。それだけでヤオヒメは眉間にしわを寄せた。回復力に特化した彼女の尾も魔力を与えたところで崩れかけた魔核では取り込む事は出来ない。治療に特化したゴグマの魔法の針と糸でもルヴィの治癒にはかなりの時間が掛かる。それだけ死の淵に立たされていたのだ。
「今のルヴィ・ドラクレア嬢はまさしく人間が如き脆さ。身体的な能力を考えれば脅威である事には違いありませんが、我々魔族にとってはそう変わらない。その辺の魔物相手でも餌になってしまうでしょうねえ。吸血鬼の性質上、時間が掛かるとはいえ限界ぎりぎりの魔核さえ治癒するのは流石ですがね」
さて、と遊ぶのをやめたゴグマが、足下に転がった風船を避けて寝かせされていたカラフルで派手な扉を持ち上げて立たせた。
「では皆様に合流するとしましょうか。随分とお待たせしてしまいましたし、事情も知らないままでは彼らの方が見事な道化になっちゃいますでしょう?」
ぎいっ、と軋んで開かれた扉の先には宮殿の前庭が広がっている。ようやく帰れると思った矢先、ヤオヒメの尻尾が一本伸びてビクッと動く。
「……どうかされましたか、ヤオヒメ?」
「あ、いや……。ちょっとやべぇなって……思ってな……」
潜り抜けずとも分かる。とてつもない気配が宮殿から放たれていた。