第14話「窮地の再会」
硬化した腕を難なく圧し折り、メイデスの絶叫が響く。
遠慮なくゴグマは腕を掴んだまま蹴り飛ばして引き千切った。
「イヒッ、スミマセン。どうせ新しいの貰えるなら別に良いかと思ったんですよォ。もしかして、とても大事でしたか? アッハッハッハ!」
千切った腕を持ち、手首を振りながら────。
「ご主人様にサヨナラ! なんてね!」
呆然としていたマンセマットが怒りに杖を圧し折った。
「……貴様、生きていたのか!? 複製体はどうした!」
「ああ、複製体ってコレの事ですか? ちょっと入れ替わりまして」
片手に持ち上げた複製体の自分の頭を、ひょいっと投げ捨てた。
「こ~んな出来の悪いモノを創るために魔核の型を取らせたわけじゃありませんよォ。ワタクシ、こう見えてあなたの事嫌いですからねェ」
ふらふら立ち上がったヤオヒメの腰にスッと腕を回して抱きかかえる。
「なんのつもりじゃ。てめえが手助けなんざ……」
「今は黙ってもらえます? 話は後で。ともかくまずは────」
指に挟んだボール爆弾を足下に叩きつけると、大量の煙が周囲をあっという間に満たして視界を遮る。それだけでなく彼の煙爆弾は能力を行使さえしなければ魔力の感知もできない。
「くっ……待て、ゴグマ!」
結界が壊れ、煙が晴れた頃には彼らはマンセマットたちの前から姿を消している。息苦しそうなヤオヒメに「呪い、解いたらいかがですか」とけらけら笑った。
相手が追って来る気配もなく、しばらく駆け抜けた後でゴグマは足を止めてヤオヒメをそっと地面に降ろす。彼女の呪いが完全に解けるまでを待ち、ほんの一分ほどで回復したのを見て、お見事、と手を叩く。
「……てめえ、あのときエスタに殺されておったはずじゃが」
「敵を騙すにはまず味方から。そんな言葉を聞いた事ありません?」
ふわっと宙に浮いて退屈しのぎにジャグリングを始める。
「まあ、あなた的には気に入らないでしょうから助けてもらった事を貸しだと思う必要もありませんよォ。最初からそういう契約だったので」
「俺様はてめえが心底嫌いじゃ。元より礼など言う気はないわいのう」
じゃが、とヤオヒメが近くにあった小さい岩に腰掛けて尋ねた。
「そういう契約ってのは誰の話じゃ? 契約者は鳥頭じゃねえのか」
「あなたならご存知じゃないですかね。ワタクシと契約できる人間なんて、この世界をどんなに探し回っても一人だけ」
ジャグリングを辞めて宙に浮かせたボールがぽんっと炸裂して人物画が出て来る。ゴグマが「ワタクシが描いたんですヨ」と自慢したのはクレールだ。
「……てめえがアイツと契約を? 本気で言っておるのか?」
「ええ! ワタクシ、あの方の実直さは好きではありませんが、」
絵画がボッと燃え上がって灰になり、空に消えていった。
「愉快な事は何倍も大好きなのです! なので、あの方の死後に発生する契約を封印の直前に結んだ次第でございます。つまりマンセマットと交わした契約書は偽物。なのに彼ときたら……ククッ、いやあ、もっと愉しみたかった!」
ゴグマ・ファリには味方だ敵だと騒ぐよりも必要なのは愉快か、不愉快か。どっちが面白いかという単純であり複雑な思考が根ざしている。
だからこそクレールは契約を交わす事が出来た。
『ずっと遠い未来で大きな戦いが起きる。残念ながら私は生きていないけど、私の代役を務められる運命の子が生まれるって言ったら助けてくれる?』
そんなに面白いものかと最初は彼も疑った。戦うだけの余力もないので結局は封印されるしかないのだが、自分が騙すのは良くても騙されるのは気に入らなかった。なのにクレールの瞳を見つめたときの純粋さが嘘偽りはないと言いたげで、自信たっぷりな表情にひとつだけ質問をした。
『ワタクシが人間を殺すとしても必要だと言うのですか?』
『どうしようもない犠牲もあるわ。でもエスタがいるから大丈夫』
たくさんの人間が死ぬ。だが、そのときにクレールは生きていない。だからといってなんの策も講じなければ、もっとたくさんの人間が死ぬ。迫られた取捨選択の中で、彼女は大勢を救う道を選ぶしかなかった。
「エスタも知らねえ話じゃろうのう。話の通じねえ奴の扱い方まで心得ておるとはクレールもいけすかねえわい。じゃあ何か、帝都の人間を殺したのも?」
「ワタクシが契約を履行する上で必要な遊びですとも!」
「……ほんっとにてめえだけは好かねえ」
無駄な仕事増やしやがって、と悪態を吐かれてゴグマは楽しそうだった。
「ちょっとくらい良いじゃありませんか。そもそもがゾロモド帝国は各国と戦争状態でした。マンセマットが手を出さなくても、そのうちあちこちで戦禍が広がっていったのは間違いありませんよ? 表立って誰も口にしないだけで、彼らだって『帝国の人間だけで済んでよかった』と言うでしょう」
否定しきれず、苦し紛れに異空間から取り出した新しいキセルを咥えた。
「ふん、話す気にもならん。それで、この後はどうするつもりじゃ」
「そうですねえ。彼らも我々を堂々相手にするつもりはないはずです。まずはアナタに会わせたい方もいる事ですから移動しましょう」
ぱんぱんっ、と手を叩くと大きいカラフルなボールが空から降って来る。地面に触れると同時に破裂して彩り豊かな紙吹雪に包まれた。
視界に景色が戻ったときには喰らい洞窟の中にいて、ヤオヒメは紙塗れにされた苛立ちを堪えつつ周囲の状況を確かめる事にした。
「どこじゃ、ここは。……封印の魔法陣?」
「ワタクシが封印されていた場所。フンババ山の洞窟です。ワタクシがエスタに首を落とされた後に目が覚めたのもここでしたからねぇ」
自分の首を指でスーッとなぞってニヤニヤする。
「なんでまた? 俺様に会わせたい奴ってのがここに?」
「ええ。ワタクシの結界を張ってあるので誰にも気づかれません」
指差した先に趣味の悪い道化の描かれた十数人は入れそうなサーカステントがある。ゴグマは他の誰とも違い結界は得意ではないので規模が小さかった。
「てめえ、あれに入ってなきゃいつでも気付かれる粗悪品じゃねえか」
「虐めないでくださいよォ。どれだけ強くても不得意は変わらないんですゥ」
手で顔を覆って大げさに泣く真似をしながら、堪え切れず肩を震わせる。自分でも珍妙で愉快な、なんと質の悪い結界だと思っていた。
「まあまあ、とにかく中へどうぞ。外見はみっともないですが、出入り自由な異空間に仕上げてあるので観客を動員できるくらいには広いですよ」
「てめえの創る異空間にゃあんまり期待してねえ」
ばっさり切られて、それはそれで残念だと肩を竦める。
「良いでしょう。ワタクシのサプライズさえ成功すればね」
「チッ。どこの誰が俺様を待ってやがるんだか────」
無愛想なサーカステントの中は、道具や玩具でいっぱいだ。彼女が中に入った瞬間、待ってましたとばかりに地面に伏していた風船がふわっと跳ねた。
「あら、最初に会いに来てくれるのは誰かと思ってたけど」
ルビーレッドのツインテールとミモザの美しい瞳に出迎えられた瞬間、ヤオヒメは言葉を失った。ゴシックドレスの裾をふわっと翻して、彼女を待っていた少女がニヤリと勝気な表情を浮かべた。
「久しぶり、ヒメちゃん。元気してた?」




