第13話「魔族の時代のために」
悔しさ。腹立たしさ。そんなものは今必要ない。ヤオヒメの頭の中にあったのは闘争に対する『どう足掻くか』という思考のみ。呪いを解こうとしても、そのための時間を相手は与えてくれはしない。何か策が必要だと焦りが出た。
何千年と生きてきて自身の敗北を見据えた戦いをするのは、初めて自分の前に現れたシャクラ・ヴァジュラとの闘争以来だった。
「弱化の呪いなぞ、狡い真似しやがるじゃねえか……」
「すまないね。我々にも崇高な目的があるもので」
「そりゃ面白そうな話じゃ。冥途の土産に聞かせてもらおうかのう」
「……ま、構わない。君の魔核を頂くのに礼を尽くすとしよう」
くるっと回って背を向け、彼は大きく手を広げた。
「君ほどの大魔族……いや、あるいは人間の世に生きた土地神と呼ばれる存在であったならば、その知識は疑うべくもないだろう。君でさえ生まれるより遥か前の時代に人間界と魔界が元々はひとつであった事を」
崇高な目的。マンセマットはそう語った。
「原初の時代でもやはり人間と魔族は対立し、激しい闘争を繰り返していた。その末に我々魔族は劣勢へ追い込まれ、世界をふたつに分断して休戦としたというのが、魔界に残る、とある場所で見つけた記録。そこにあった、とある最強の魔族……いや、魔神と呼ぶべきか。その者の名は『テュポーン』。私はその魔族を復活させる。我々魔族が永劫を紡ぐ時代を創造するためにね」
ヤオヒメも耳にした事がある。世界そのものを分断するほどの強さを持った原初の魔族『テュポーン』。その存在自体はゴグマ・ファリのような巨人族の始祖として知られていたが、具体的な記録はなにひとつ残っていないとされ、ただの伝説上の魔族だとゴグマでさえ鼻で笑った事があった。
「……けっ。そんなもん復活させたところで何の意味がある、今より荒れた世界にするだけじゃねえか。大体、どう復活させるんじゃ。存在してるかどうかも分からん記録だけの存在なぞ、仮に魔核を見つけても器がなけりゃあのう」
振り返って杖を彼女に向け、その通りだとマンセマットは言った。
「魔核の再現は私にとって難しいものではない。実物があった方がより精巧には出来るが、ゼロから創る事も可能だ。それに最近では良い出来事が重なってね。ただでさえテュポーンを再臨させるための魔核を創るには膨大な量の魔力や魂が必要になるのだがね。人間と魔族の魔力は相反するものだと思っていたのだが……混ざり合ったものをつい最近、目の当たりにしたのだよ」
誰の事を言っているか、考えずとも分かる。ヤオヒメが鬼の形相で「てめえ、殺されたいのか!」と怒りに吼え、彼女の死を喜ぶマンセマットに憎悪の牙を剥くが、ゴグマによって地面に押さえつけられた。
「彼女の魔力のサンプルが欲しかったが、残念ながら君の邪魔が入って上手く行かなかった。ま、残念ではあるが見れたのは良い事だ。そして何より君の言う通り器の問題があってね。長年の悩みだったが、ついに該当者が見つかった」
千年前。魔界でもまだ小さな芽とも言えたマンセマットは人間界で起きている巨大な闘争の存在を知っていたが、実際に加わることは無かった。そのためエスタ・グラムという魔王を目にした事がなく、彼女が封印され人間界の勝利に終わった知らせがあったときには『まだ人間の時代が続くのか』と呆れたものだ。
それが千年で大きく事態は変わった。魔核の完成が近づくにつれ、そのための器として耐えうるモノがない。頭を悩ませた結果、彼は封印された五体の魔族を解き放とうと考えた。彼らのうち誰かが器にできるかもしれない。そうでなくとも契約を交わせれば得をする事は多い、と。
ひとつ計算違いがあったとするならば────。
「邪魔だったのは、あの人間の娘。私より先に封印を解くとはね。そのうえ見つけたのが最も欲しかったテュポーンの器となるエスタ・グラムとは……!」
杖を折れんばかりに強く握りしめて震え、初めて彼は冷静さを欠く。
「忌々しい。人間風情が魔族を従えるなどあってはならない事だ。まして我々誇り高き魔族として君臨する者が、あんな脆弱な現代の人間と契約を結ぶなど信じられない。……愚か者の目を覚ますためにも、テュポーン復活による新たな創世は必要だと確信した瞬間だったよ。だが君は有用だ、レディ。その魔核を使ってゴグマのように複製体を作ろう。エスタ・グラムを捕らえるためにね」
両手を大きく広げて深呼吸をしてから、そっと胸に手を当てた。
「ふう。すまない、つい語りが過ぎた。だが分かってもらえただろう、私の崇高な願い。それに賛同してくれた者たちと共に、今はまだ計画は道半ばだ。だがテュポーンさえ目覚めれば────我々が王座に就く」
ぱんっ、と杖で手を叩く。待ってましたとばかりにメイデスが前へ出た。
「痛めつけろ。体力の有り余った状態では魔核を剥がすのは難しい」
「あいよ、旦那。アタシはこれが楽しみでアンタといるんだ」
髪を掴んで自分に向かせ、けたけた笑う。
「この綺麗な顔をぶちのめせると思ったらたまんないねェ。片腕をくれてやった分、しっかり愉しませてもらわないと割に合わないってもんだ」
地面に頭を叩きつけ、手を離したら拳を握り締める。
「動くなよ~。何発で頭が割れるか試してやるからさ!」
振り下ろした拳が、ヤオヒメに届く事はなかった。骨ばった大きな白い手が、ぎゅっと彼女の腕を掴んで止めた。どれだけ動かそうとしても動かない。しっかり握られて、むしろメイデスの腕が悲鳴をあげた。
「っ……ああぁぁぁぁああッ! 何やってんのよ、この複製体!?」
突然の暴走に思える行為。これには冷静沈着でいたマンセマットも何事だと驚きを隠せなかった。複製体のゴグマがあろうことかヤオヒメを守ったのだ。────と誰もが思った直後。
「じゃあ、もう一本はワタクシめが貰う事に致しましょうか」




