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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第11話「仇は俺様が討つ」

「クックッ……随分としおらしい事を」


 用を終えて戻って来たシャクラが頭をぼりぼりと掻いて鼻で笑う。


「てめえほど遠回しなのは得意じゃなくてのう」


「そうやって期待しても、数世代先まで続くとは思わないがね」


「かもしれぬ。しかし何事も例外はあるもんじゃろう」


 キセルを咥えようとして、ぴたっと手を止めた。


「……てめえ、そういやまた魔界へ戻っておったのか」


「ああ、いつもと同じだ。それで、お前のペットが来たんだが」


「あれは有能じゃろ。そのへんの魔物も殺せるしのう」


「人間からしてみれば、そんな栗鼠を見たら頭が狂ったと思うだろうな」


 そう言いながら彼はズボンのポケットから栗鼠を出す。


「ところで死んだぞ」


「は?」


 栗鼠はかなりズタズタで、シャクラの元へやってきた。彼も想像していなかった状態で、おそらく嗅覚に優れた何者かがいたのだと推測できた。


「可哀想に……。俺様が遣わせたばかりに」


「だが、おかげで連中の居所は掴めた」


 ヤオヒメの手の中で栗鼠がボッと燃え上がって灰になる。小さな魔力によって生み出された生命は無駄ではなかったようだと安心と怒りを滾らせた。


「どうやって? また逃げられるんではなかろうな」


「問題ない。既に手は打ってある」


 ぎゅっと握った拳にパチパチと光が弾けた。


「もう逃がさん。エスタにも既に伝えてある。まだ仕事も済んだばかりだ、フロレントにも事情を話して、今後の方針を決める事になったからお前も……」


 とん、とヤオヒメの指先がシャクラの胸に触れた。


「ようやった、しばらく休んでおれ。────《静謐縛界(せいひつばくかい)》」


 指先から放たれた黒い魔力の帯がシャクラを縛り上げていく。力ずくでは引き千切れないヤオヒメが扱う強力な結界のひとつ。


「お前……! いったい何の真似を────」


 完全に黒く染まった後、小さな黒い球体となってぽつんと弾ける。異空間の中に相手をしばらく閉じ込めるだけのものでしかないうえ、シャクラほどの魔族ならばせいぜい数時間程度が限界だ。だが、それで十分だった。


「悪い。獲物を譲れんのは魔族の性根に染みついたもんらしい。てめえらの出る幕はねえ。ルヴィの仇は俺様が先んじて討ってやるからのう」


 キセルをひっくり返してポトッと捨てた灰が黒い渦を作り、複雑に絡み合った骸骨が組み立てた魔界への門を開く。


「連中の首は俺様が頂く。生きている事を後悔する程にな」


 潜り抜けた先。空に広がるのは煌々と闇に輝く紅い月に照らされた世界。およそ人間の世界とそう変わらない自然の環境。山があり、海があり、鬱蒼とした森や荒野の大地が広がっている。ただひとつ違うのは、それらが定期的に壊滅しては再生を繰り返すといった野蛮さの息吹く場所である事だ。


「……やはり分かりやすいのう。てめえの魔力は」


 シャクラが目標を捉えて逃がさないときは、必ず魔界のあらゆる場所に罠が仕掛けられている。大地を踏み歩くだけで特定の魔力に反応するため、それをよく知るヤオヒメも彼に倣って追跡する事が出来た。


「行くとするかい、ゴミ掃除に」


 背後にずしんと迫った巨大な足音と気配。鼻息荒い、超巨大なトカゲが舌をぺろっと出しながら、目の前に立つヤオヒメを獲物だと思い込む。


 振り向きもしないので背後から飛び掛かり、ひと息に丸呑みにしようとした瞬間、その巨体が瞬時に燃え上がって骨すら残さず焼き尽くされた。


「馬鹿が。これだから本能的な魔物は嫌いなんじゃ」


 目的の相手を見つけ、キセルを咥えてぴこぴこ揺らしながら────。


「有象無象共の死体を積み上げてやらねばのう」


 心の奥から沸々と湧きあがる怒り。何千年ぶりかと激昂する気持ちを急かして、ものの数秒で追跡する。向かった先は荒野に広がる遺跡群。石灰によって造られ、そして崩壊した龍の都と呼ばれた場所。遥か昔、エスタ・グラムが統治していた者たちの棲み処。シャクラとの戦いで捨てられた地だ。


(ここに気配があったが……)


 ヤオヒメも一度だけ訪れた事がある。彼らの文明は非常に進んでおり、人間以上に豊かな生活を送っていた。ただ魔界でなければ、そう思わざるを得ない。


「おいおい、旦那。あんたの言った通りじゃないかい?」


 低い女のよく響く声。ヤオヒメが足を止めると、神殿の痕跡ある建物の屋根や折れた柱に乗っかって彼女を見下ろす二人がいる。ぎろっと睨んだ先で、マンセマットが杖を握り締めてクスッと笑った。


「少々目的の相手とは違ったが、まあ良い。メイデス、いけるね?」


「当たり前さ、旦那! そのために此処へ来たんだからねェ!」


 赤黒い長髪。褐色の肌。ひと目でオーガだと分かる特徴と、低めの騒がしい声がヤオヒメを刺激する。


「……てめえ、ユピトラの群れにいた小娘じゃねえか。そこな下卑た鳥頭野郎とつるんでるたあ、どういう神経してやがる?」


「ヒヒッ、色々あってねぇ。アタシは別に悪くないと思ってるけど」


 咥えたキセルがバキッとかみ砕かれた。


「てめえ分かっておるのか。そいつは同胞のユピトラを殺して、あまつさえ死体を道具のように扱ったクソったれだってのによ」


「分かってて一緒にいんのさ、ヤオヒメ。アタシはコイツと手を組んだ」


 ピクッと耳が揺れ動く。嫌悪感に胸がざわついた。


「……つまりなんだ。てめえ、まさか────殺しやがったか」


「手伝っただけだよ、アタシは。コイツらが死体を欲しがってたからねェ!」


 すんっ、と鼻を衝く臭いに顔を顰める。同時にマンセマットとメイデスの周囲に現れた大勢のオーガたち。その肉体は継ぎ接ぎだらけだった。


「同族まで殺すどころか、道具に変えちまったのか。なんつう鬼畜の所業だ、流石に俺様もドン引きじゃのう……。てめえに恥ってのはねえらしい」


「アタシがオーガ最強だ。強い奴が弱い奴に対して恥に思う事があるかい?」


 黒革のロングコートを翻しながら柱から飛び降り、髪を手でふわっと梳いて嘲笑するようにヤオヒメを見つめて指を差す。


「アンタもシャクラも見る目がない。ユピトラはアタシより弱かった。才能なんてないアイツが選ばれたってだけで群れを率いてるのが気に喰わなかった。だから殺してやる事にしたのよ。それを、つい見つかっちまってね?」


 クスッと楽しそうに笑いながら彼女は目を細めて────。


「それからユピトラも痛めつけてやったのさ。可愛かったねェ、『シャクラ様、助けて、シャクラ様』って喚いてたのがたまんなかった。……これからアンタもそうしてやるよ、シャクラのお友達のヤオヒメさん?」


 挑発されてもヤオヒメは表情を変えない。砕け落ちたキセルを拾って元の形に復元させ、咥えて周囲を煙でぷかぷかと満たす。


「ハッ……。どうも勘違いしとるようだから教えてやろう。今から命乞いをして泣き喚くのはてめえじゃ、メイデス。俺様に楯突いた事を地獄で後悔しろ」


 下駄が強く地面を踏み叩く。周囲の景色が一変する。シャクラたちに見せた結界、《傀儡箱庭・絡繰遊郭》とは似て非なる、崩れた廃墟の町が広がった。


「くるり廻って地を這う天。来りて叫べ逆巻く混沌。悲嘆の勝者と悦楽の敗者。手繰り寄せるは逆様模様の逢瀬なり。────《天邪鬼大結界あまのじゃくだいけっかい》」

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